朝から、3.11の番組が流れています
あの日からもう5年、いえ、まだ5年です

あの頃、母はまだとても元気でした
時折、変だなって感じることはあっても
日常生活に何不自由なく暮らしていました

だから、あの日も、仕事場からやっとつながった電話にでた母は
「無理して、帰ってこなくていいよ。こっちは大丈夫だから。」と何度も繰り返していました

そして、翌朝、家に帰った私は、母に抱きつきました
母も受け止めてくれて
しっかりと抱きしめて

そしたら、自然と涙があふれてきました

石巻出身の母が停電の家で
何も入ってこない情報の中で
どんなにか不安であったのでしょうか

でも、気丈に振るまって、家の前にある停電したコンビニに、大きな懐中電灯を持って行き
お店の方と一緒に、商品販売を手伝っていたようです

母はそんな人でした

電気がついた後、ニュースを見て、親戚の無事を祈り、不安な日を過ごしていたはずです

9月に一緒に石巻を訪ねた時、
津波の後を目の当たりにしたときの母の顔が今日は思い出されてなりません

お墓の階段が壊れていて、上るのが大変だったこと
がれきの山
一緒にいった温泉

まだ、あの時から5年しかたっていないんです

今日は、ものすごく母が恋しいです


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年度末をむかえ、ものすごーく忙しい日々です
が、今日から、ピロリ君撲滅作戦、決行します

成功しますように

それにしても姉にはいないピロリ菌、
どうして私の胃に住み着いているのでしょうか

こまったなあ

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母のアルツハイマーの診断が出た後、
アリセプトを服用し、毎日が地獄に陥りました

その少し前から、妄想、特に父への浮気疑惑、暴言、たまに暴力がひどくて
私は毎日が憂鬱でした

地域ケアプラザや区役所や認知症家族会に電話相談をしても
帰ってくる答えはいつも同じ
「さびしいのですから、優しくしてあげてください」と

でも、何かが違うと、悩んでいたある日、
あるブログに出会いました

そのブログに登場するお母様は、
まるで私の母を見ているようでした
ブログを一気によみながら、涙が止まらなくなり、

初めて、ブログを書かれている方にコメント(メール)を送りました
「一緒に走ってあげます」という返信をいただきました

そして、また、大泣き。

その後、毎日更新されるメールを読んでは勇気づけられ
母と向き合えるようになりました
「病気なんだ。母は」と思えるようになり、時にはブログの主のように女優になり母と接する余裕もでてきました

そして、私もブログを始めました。
母の記録であると同時に、自分で自分を保つための手段としてのブログでした。

その「秋桜日和~その話、100回は聞いたよ~」の杏仁さんのブログが今日もまた更新されていました タイトルは「母、逝く。」

87歳のお母様、今朝早く、ご家族に見守られて逝かれたそうです。

杏仁さんは、8年に渡りお母様の介護を続けてこられました
それはそれは長い、そして大変な介護でありました

でも、お母様がご病気になったから、杏仁さんのブログが存在し、
今の私がいるのです
私が、母と向き合い、介護を続けてこられたのは、
杏仁さんとそしてお母様のおかげです

杏仁さんのブログがなければ、私はどうなっていたかはわかりません
そして、母も。
ブログってとっても不思議な縁です。

杏仁さん、ありがとうございました。
そして、お母様のご冥福をお祈りいたします。




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母が亡くなってから
ホームに毎日行くことはなくなりました

普通の場合なら、これは当たり前なのですが、
我が家は、叔母が同じホームに入居しているので、
ホームと全く縁が切れている訳ではないのです

一週間に一度は行こうと思っていても、
一月中は、土日ごとに何かと忙しいことを口実に
二月中は、なんとなく疲れてしまっていることを口実に

本音は、どうしても母のいないホームにいくというのができずにいました
心が整理できていなくて、受け止めきれなくて、

そんなおり、姉が「おばちゃんもかわいそうだから、いってあげなくちゃね」と、先週の土曜に二人で訪問したのです

その時は、まあまあ、普通なかんじでしたが

今日は…
私が部屋に入るなり、
ああ、ちょうどよかったわ。これから羽田に行くのよ
え?なんで?
だって、フランス行くから
え?フランス行くの?
そう、まだ、切符買っていないから、羽田で買うのよ
え、だって、パスポート、私の家だよ。パスポートがないと、航空券も買えないし、出国できないよ」
やっぱり、見つからないとおもった
だから、行かれないよ。きょうは、無理だと思うな。それに、今は、インターネットで予約しないとね、航空券は
でも、行くのよ。この前から言われているのよ。
なんで、フランスなの?行くなら、夏休みにしてよ。一緒に連れて行ってよ。で、通訳してよ」(叔母は、英語ぺらぺらのバイリンガルです)
だめよ、あの国はフランス語だから
英語で大丈夫でしょ。
だめよ。今から、行くのよ

という押し問答をしばらく繰り返し
久しぶりに私も女優になりきり、納得してもらいました。

そうだ、叔母も認知症だったんです。
妄想が始まったのか?

幸いなことに母で経験済みなので、
頭から否定せずに
そして、全面的に受け入れもせずに、
やんわりと話題を変え
そして、夕食へと誘導しました

母の介護が終えたから
きっと母が私に叔母をみなさいって言っているのでしょうか

そういえば、母は、倒れる前、毎日のように
「ニューヨーク」「ペナン」で暮らす、移住するって言ってました。

姉妹だから認知症の症状も似るのでしょうか????

母の介護終了とともに、ブログも閉じようと思っていましたが
まだ、続きそうです

どうなる叔母の認知症????

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実は、私、ピロリ菌がいたんです
子供の頃から胃の調子が悪いことが度々あったのですが
大人になってからは飲み過ぎなのか~くらいに思っていたのですが

人間ドックのバリウムの度に、慢性胃炎って診断されていました
3年前の人間ドックのときに、胃カメラでの精密検査を受けて、ピロリ菌が発見されました

そして、一次除菌をしたのです
一次除菌では80パーセントくらいの方が除菌成功ですよ って言われていました
一週間薬を飲んで、その後一ヶ月くらいたってから、検査をするんです

ところが、検査の予約をしていた日の前日
母に大きな発作が起きて、発熱して、夜間に救急搬送しました
一晩、病院にとまって、次の朝、ホームに連れて帰ってくるということがあったのです

当然のように、検査の予約をとったことも忘れてしまっていて、それきりにしていました
まあ、80パーセントの確率なら、多分除菌できてるでしょ って思い込んでいたのです

ところが、その後の平成26年、平成27年の人間ドック胃カメラともに、萎縮性胃炎があるといわれて、これはもしや除菌失敗では?と密かに思っていたのですが
母のこともあって、忙しくて、そのままに放置していました

先月、母がなくなってから、近所の胃腸科医院を訪ねて、事情を話したら、すぐに検査をしてくれることになりました。

呼気検査ではなくて、検便で大丈夫ということでした。
呼気検査は、朝一番に行くために、お休みできないのでって話したら、両方とも変わらないからという説明でした

そして、今日、結果を聞きにいったら
やはり、ピロリ菌+でした!!!

除菌は失敗でした

いろいろな説明をしてくださって、そして、二次除菌にチャレンジすることになりました!!!

除菌中はアルコールをさけた方がいいそうで、
なので、飲み会のあるところをチェックして、服薬開始日を決めていいそうです。

来月に入ったら、除菌を始めるので、しばらく禁酒します。
まあ、ダイエットにもなるかなあ。

どこで感染したんだろう???
ちなみに姉は感染していません。


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