■BGM:ホットスタッフ ドナサマー

http://www.youtube.com/watch?v=zM3AJILBP2o


サーファインが流行った。

デスコの中には、大きなモニター画面で、ハワイのサーフィンの様子を流すお店まで現れた。

ファッションも、変化した。

クラシカルエレガンスなJUNやDOMONやROPEを着ていた人たちが、一気に、サーファーなファッションに着替えはじめた。

サーファーファッション・・・。

う~ん、なんて言えばいいのだろう。

アロハシャツを裏返ししたような、淡い花柄のワイシャツに男子はジーパン。

女子は、茶色なパンタロン。

そんなラフな服装が一気に流行りだしたのだ。

そしてみんな、肌を黒く焼いた。



若林で見た空


サーファーは、ファッションだった。

面白いことに、当時のサーファーの多くはサーフィンをしていなかった。していなくてもよかったのだ。

それは、単なるファッションだったから。

そして、六本木のデスコは、そのサーファーで溢れた。

猫も杓子も、皆真っ黒になった。


大学2年生の頃から。

ボクは鵠沼から大学に通う友だちと、海で一緒に遊ぶようになった。

友だちは、本格的で、骨太のサーファーだった。


ボクはサーフィンにのめりこむことなく。

ただ、六本木のデスコで踊るときは、ジーンズにはきかえてから出かけるようになった。

時代はジーンズをしっかりと認め、お高くとまったお店でもお酒を飲めるようになった。

もしかしたら、そんな時代の幕開けのお手伝いを、サーファーファッションがちょっとだけ担ったのかもしれない。

でもその後。

ボクにはなかなか理解できない人たちが現れた。

テクノという名の不思議な衣装の方々だった・・・。