形あるものはいつか滅びる。
世界史上、最大の面積を誇ったモンゴル帝国も。
プリタンニア、ダキア、メソポタミアを飲み込み、隆盛を極めたローマ帝国も。
皆、滅びた。
まさに栄枯盛衰。
鴨長明がその著「方丈記」に記した無常観。それは、世界共通、普遍的な真実である。
ボクの家の障子もそうだった。
父が一日かけて、一生懸命障子紙を張る。
父はボク以上に几帳面な性格だったから、その障子紙にちょっとでもしわが寄ることをよしとしなかった。
ピンと張りつめた障子。
それは、第二次世界大戦後の米ソの関係のように、緊張によって保たれていた。
一部の隙間もなく、迷いもない障子紙。
ところが、まもなくそこに穴が開く。犯人はボクだ。
遊んでいて、突っかかって手や足が障子紙に突入し、大きな穴を開けてしまうのだ。
張り詰められた緊張状態は、そこで終息する。
それを、ボクは「デタント(緊張緩和)」と呼んだ。
父は愕然とした。一日かけて、あんなにキレイに障子紙を貼ったのに。
そこに大きな穴が開いた。
形あるものはいつの日か滅びる。
世界史上、最大の面積を誇ったモンゴル帝国も。
プリタンニア、ダキア、メソポタミアをも飲み込み、隆盛を極めたローマ帝国も。
父親が貼った障子も。いつかは破れる。
これは自然の摂理だ。
鴨長明もそう言っていた。
こうして父親は、無常の概念を、ボクによって学び続けた。
翌朝。父はまた、キレイに障子紙を貼り始めた・・・。