若い頃。彼女とデートした時。
コーヒーに、お砂糖をスプーンで入れてあげた。
角砂糖の時は、ちっちゃな角砂糖バサミみたいなものを利用して、角砂糖を入れてあげた。
彼女が、角砂糖何個派なのかも、把握していた。聞かなくても、ちゃんとわかってた。今思うと。
砂糖ぐらい自分で入れていただきたいと思うのだけれど、当時は「男の優しさ」が求められていた時代だったし、「優しくなければ男じゃない」とも言われていた。
だからボクは、せっせせっせと彼女のコーヒーカップに砂糖を入れ続けた。
喫茶店文化が、定着している時代だった。
デートにも。サークルの合間にも。休講授業の時間にも。喫茶店は、フル活用されていた。
ボクにも、お気に入りの喫茶店があった。渋谷のスペイン坂にある、コパン(人間関係)という喫茶店だ。
白い、漆喰の壁がとてもお洒落な喫茶店だった。
そこでボクは、彼女とアイリッシュコーヒーをよく飲んだ。
時間が、すごくゆっくりと流れていた。
仲間といくら話し込んでも、ボクらの持ち時間が失われていく感覚など全くなかった。
部屋の中に浮かぶ小さなチリが、ゆっくりと床に辿り着くように。ボクらの時間は緩やかに流れていた。
彼女と二人で渋谷から山手線に乗って新宿に出ると、紀伊国屋の前に仲間が待っていた。
待ち合わせをして、みんなで飲みに出かけた。
ディスコが多かった。
カンタベリーハウスのギリシア館やペルシャ館に行った。
ボクは、細いネクタイをしていた。
細いネクタイに、ミルキーウエイというブティックで買ったシャツを着ていた。
ズボンは、バギーパンツだった。
1970年代後期。
角砂糖のように。甘ったるい時代だった。