ウェルギリウスのアエネイス-6 冥界に父を訪ねる | サーシャのひとり言

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パリヌルスのネプトゥヌスへの犠牲のもと、アエネアス一行の船は飛ぶように進みイタリアのクマエの海岸に到着します。

アエネアスはアポロンの神殿のそばにある巫女シビュレの洞窟を訪れます。
予言の神アポロンの心をシビュレが霊感を通して伝えてくれるのです。
この神殿はまた、クレタ島から無事に逃れてこの地に降り立ったダイダロス(イカロスの父で名工)が感謝を込めて建立し、手製の翼を奉納した場所でもありました。





アポロンとクマエのシビュレ
彼女はアポロンから,手に握れる砂の粒の数だけの寿命を与えられましたが,不老を願うことに気づかなかったため,しまいには老いのため干からびてせみのようになってしまったとされます。
アエネアスと冥界に行った時は700歳、あと300年分の寿命が残っているのでした。

シビュレの手に持っているのが寿命の砂。


シビュレはアエネアスにイタリアでこれから彼が経験する激しい戦争、第2のアキレウスとも言える女神の子が現れるとこと、アエネアスを迎えてくれる王の娘との婚姻から不幸が始まる事などの神託を告げます。

託宣を聴き終えたあと、アエネアスは父アンキセスの居る冥界に連れて行って欲しいと懇願します。
シビュレは、冥界に行くこと自体は簡単だが、来た道を戻って地上の大気へと帰還するのは余程限られたものしかできないと答えます。
そして冥界に行くには、
森に隠されている黄金の小枝を見つけてプロセルピナへの贈り物として持参すること、
打ち捨てられている友人の遺体を埋葬すること、
黒い羊を犠牲に捧げて冥界に行く許しを神に乞うことを命じます。


埋葬しなければならない友人とは誰だろう、訝りながらアエネアスが海岸に行くとそこにミセヌスの遺体がありました。
ヘクトールの部下だったミセヌスはトランペットの名手でしたが、ある時何を間違ったかトリトンに法螺貝の吹き比べを挑んでしまった為、溺れさせられたのでした。
アエネアスはミセヌスを埋葬します。

ミセヌスから名付けられたミセヌム。
現在もナポリ湾に面した街に地名が残ります。



一方、もう一つの難題、黄金の枝の元へは母ウェヌスが送った二羽の鳩が導いてくれました。
森の奥の柊の巨木にその枝は宿り木のように生えていたのです。


黄金の枝を指差すシビュレ


アエネアスとクマエのシビュレ
中央右下に犠牲の黒い羊。


アヴェルヌス湖は冥府の入り口と考えられてきました。その上を飛んだ鳥が瘴気に当てられて墜死したという俗信があり、ギリシャ語で「鳥がいない」という意味を持つ 'aornos' からとってこの名前がつけられました。
アエネアスはこの湖の近くにあった洞穴を抜けて冥界に降り立ちます。
アエネアスとシビュレ、アヴェルヌス湖


冥界の入り口がある洞窟へ入るアエネアスとシビュレ


地下界のアエネアスとシビュレ
様々な異形のものの幻影が見えます。


アケロン河の川守カロン老人。
アケロン河はステュクスの支流とされます。
死者はすべてアケロン河を渡らなければなりません。
堤に集まった亡者たちは彼岸へ渡してくれと手を挙げて訴えます。
きちんと埋葬された亡者だけがカロンにより川を渡ることができますが、墓を持たない亡者たちは100年迷い歩いた末にようやく堤に立つことが許されるのです。


アエネアスはアケロン河を渡れない亡者の中にトロイアの武将やパリヌルスを見つけて運命の残酷さに言葉を無くします。


「生きてる人間は渡さないんだけど。
前にヘラクレスやテセウスを渡した時、番犬を連れ出したりペルセポネを掠奪しようとしたりでろくなことが無かったからね。」
そう不服をいうカロンにシビュレが黄金の枝を見せます。(上と下の両絵)



ペルセポネへの贈り物を見てカロンは納得、2人を渡してくれました。

河を渡ったアエネアスは、嘆きの野と呼ばれる、激しい愛の為に身を滅ぼした人々がいる野で新しい傷を持つディドを見つけます。
カルタゴを離れたのは神の意志だったのだ、そうアエネアスは弁解をしますが、厳しい視線を一瞬投げかけたあとディドは無表情に走り去ってしまいます。
アエネアスは不憫の涙で見送ります。


一方、アエネアスは耳を切り取られ顔を削がれた見るも痛ましい様子のデイポボスにも出会います。
トロイア王のプリアモスの王子で、ヘクトールと特に仲が良かったデイポボスですが、パリス亡き後、ヘレネを巡って兄のヘレノスの争いになります。
プリアモスが年功序列ではなく弟のデイポボスを夫に決めた為、デイポボスはヘレネと結婚しますが、トロイアが落とされた時、ヘレネは彼を裏切ってその武器を隠してしまいます。

デイポボスが眠っている間に扉を開けはなち、前の夫メネラオスを呼び込んだヘレネの魂胆は、前夫に恩を売って自分の非行の咎を帳消しにしようとするもの。

入ってきたメネラオスは、デイポボスに残酷な復讐を遂げたのでした。





左手に恐ろしいタルタロスを見ながら、アエネアスは右手に進みます。
そして入り口で黄金の枝を供物として捧げるとそこからは祝福されたもののみが住む、至福の楽園エリュシウムです。

エリュシウムの園でのアエネアスのビジョン



そしてようやくアエネアスは父アンキセスと再会します。嬉しさのあまり父を抱きしめ、手を握ろうするアエネアスですが、父の体は風のように腕をすり抜けるのでした。
森にはレテ川が流れ、やがて地上の肉体を再び与えられる霊達が忘却の水を飲んでいます。


アンキセスは息子アエネアスに向かって霊達を指差しながら、アエネアスの家系からどんなに高名なイタリアの子孫達が生まれるかを説明します。

その中にはのちに生まれるアエネアスの末の息子シルウィウスの肉体に入る霊魂もいました。


眠りには2つの門があります。
それは真の夢を送る角の門と、偽りの夢を送る象牙の門。
アンキセスは息子とシビュレを象牙の門に案内し、そこから地上に送り出しました。

(はじめに読んだ時、なぜアンキセスがアエネアスを偽りの夢を送る象牙の門から送ったのかわからなかったのですが、ネットで調べたところ

夢が睡眠中の人に送られるときに出て来る門には2種類ある。
一方からは正夢が、他方からはいつわりの夢が来ることになっている。
そして古代の考えでは、正夢は夜半後に、いつわりの夢は夜半前に来るとされる。
従っていつわりの夢が出る象牙の門は夜半前には開かれている。
アエネアスたちは象牙の門から出たのであるが、これは夜半前に去ったことをいうのであろうか。

だそうです。