2024.12.10
「古事記から日本人の生き方を学ぶ塾」が
小牧で行われました。
10月末に行われた
「今野 華都子 先生と行く出雲大社と美保神社正式参拝の旅」
で撮影させていただいたお礼も兼ねて
およそ1年ぶりに参加してきました。
しばらく足を遠のいていたのは。
日々溢れる情報を インプットし続けることから
一旦離れてみようと思ったこと。
なので
こちらの会だけでなく すべての情報や
当たり前に関わってきたものから
一旦距離を置いてみたのです。
それは
自分の感覚が麻痺しているように感じたからでした。
始まる前に、
先日の出雲での撮影御礼とともに。
素晴らしい場だったこと、
そこに居させていただけたことに
感謝をお伝えしますと。
「10年かけてできたもの(があれ)です」と
一言。
そして、久しぶりの先生のお顔が
以前に増して たいそう穏やかで
なんとも言えない表情で。
「幸せなお顔をしておられますね」と告げると。
幸せそうと言うと(対極に)幸せでないが現れる。
何々だから幸せだという 条件や制限のようなものが現れる
(そうではなく)私が和魂であるのでね。
と。
そのお顔を見るだけで
自然と心が和らぐのです。
そして、みんなで古事記の本を朗読したのち。
深い読み解きかあります。
日本語は 一文字に含まれた意味が深く
その部分にも感嘆します。
(どうも現代の私たちには、
伝わっていないものが多いようです)
そこから
先生のお話が続きます。
これは、その日、
その時に集まったひとに向けて
降りてくることば。
自分の今だからこそ
それぞれが響くものがありますので。
一期一会のメッセージとなります。
そして 同じフレーズを聞いても
自分の人生の段階で
また違う気づきが深まるのです。
この日 私に響いたものは
自分の一手が
世界に地球にどのような影響を与えるのか。
その高い視座から見てみる事。
生きることは ご神事。
先生は心に囚われることがなく。
芯を捉えて話される。
だから 誰かの発言や質問に対して
返ってくることばが。
その人のど真ん中を打ち
涙されるひとも多いのです。
今ここを生きること
それを実践され 生きている背中が
何より 饒舌に響くのです。
私たちは アマテラスの分身。
一人一人の中に
御魂分けされたものが 元にあるのです。
ともすると日々の情報に
心は持っていかれそうになります。
自分が生きてきた中で
でき上がった生き方の癖や
見方の癖もあります。
起きていること、現象に
一喜一憂して 心を囚われることなく。
御霊鎮めをし。
ここ一番の時に
その魂を発動すること。
「ありのまま あるがまま 今ここを生きる。」
私が今
そうしたいと思っていたら。
すでに その実践者が ここにおられました。
巷には 知識もスキルも
有り余るほど溢れていますが。
少々 乱暴な言い方をすれば
「それはどっちでもいい。」
なぜならそれらは 手段でしかないから。
結局のところ
「私たちはどう生きていくのか。」
その根元の問いかけをしながら
日々を生きているようにも感じます。

そして前述の
出雲、美保神社での全国古事記塾
先生が10年 いや、洗顔洗心塾を始めてからは20年余り。
全国の塾生の皆さんのもとに
毎月 足を運びながら。
こうやって人の生き方の
体現の集大成が
あの日のうねりとなったのでした。
ハレの正式参拝の様子。
そして ケの懇親会、直会。
おひとりひとりが、その場を受け持ちした姿が。
大変美しく。
84名という 光の柱が そこに立っており。
思わず撮らされたのでした。

すでに
私たちの大元に流れるもの気づきながら。
生き方を学ぶ場所。
そして 日々の自分を省みる場所。
いつでも受け入れてくださる場所。
ありがとうございました。
※お写真は1枚目から5枚目が
華都子塾での様子。
6枚目からは10月の出雲大社、
美保神社でのお写真。ハレとケ。
写っているみなさま
撮らせていただきありがとうございました

そこに在る 美しいもの
ひととひととの間に流れる
あたたかいもの 清らかで 尊いもの。
魂やエネルギーがスパークするもの。
それを写真で遺して。
ことばと共に
しらしめることが
私の魂が喜ぶとともに
役割なのだと感じています。

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