ヘブル5章11節〜6章12節 | ハッピー・バースディ・ファンドの記録

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2008年からフィリピンはデュエグ山、パンパガ、セブ島やマニラや北京のゴミ捨て場、ネパールはカトマンズ、シンドパルチョック、東日本大震災の宮城県・岩手県・福島県や熊本・阿蘇大震災などの被災地で働いてきました。愛と感謝の記録。


ヘブル書5章11節〜6章12節



「いつまでも成長しない赤ちゃんクリスチャン」 

5章11 
このことについて、まだまだ話し足りませんが、聞く意思がないあなたがたに理解してもらうのは困難です。 
12-13 あなたがたは、もう長い間、クリスチャンとして生きてきました。ほかの人を教えても当然なのに、もう一度、神のことばのイロハから手ほどきしてもらわなければならないほどになっています。固形物を食べるまでには成長せずに、いつもミルクばかり飲んでいる赤ん坊のようです。クリスチャン生活のごく初歩の段階を行ったり来たりして、善悪の区別さえおぼつかない状態なのです。 
14 あなたがたがもっと成長し、正しい行いが伴って、善悪の区別がつくようになるまでは、堅い霊の食べ物をとることも、神のことばの深い意味を悟ることもむりでしょう。

6章1
ですから、キリストについての初歩の教えをいつまでも卒業できずに、堂々巡りをするのはやめましょう。もっと理解力を高め、成熟を目指して進みましょう。行いによって救われようとするまちがいや、神を信じる信仰の必要性などを、これ以上聞くには及びません。 
2 バプテスマ(洗礼)、聖霊を受けること、死者の復活、永遠のさばきについても、これ以上教えられる必要はないでしょう。 
3 主のお許しがあるなら、次の段階に進もうではありませんか。
4-6 あなたがたが、いったん福音(イエス・キリストによる救いの知らせ)の光に浴し、天からの恵みを味わい、聖霊をいただく特権を与えられ、また、神のすばらしいことばと来るべき世界の力を知った上で、なお神に背を向けるとしたら、もう主に立ち返ることはできません。それは、神のひとり子をもう一度十字架につけ、人前でさらしものにすることだからです。そんな人は、もはや悔い改めようがありません。
7 十分に雨を吸い込んでよく潤った畑が、農夫に大豊作をもたらしたとしたら、その畑は神の祝福をむだにしなかったことになります。 
8 しかし、いばらやあざみばかりを生えさせるなら、その畑は役立たずとして焼き払われてしまいます。
9 愛する皆さん。私の言ったことすべてが、あなたがたに当てはまるわけではないでしょう。私は、あなたがたがキリストの救いにふさわしい実を結んでいるものと確信しています。 
10 神は、決して不公平な方ではありません。あなたがたが神のために熱心に働いてきたことや、同胞にずっと援助の手を差し伸べてきた愛をお忘れにはなっていません。
11 私たちは、あなたがたがこの世にあるかぎり人を愛し続けて、十分な報いを受けることができるようにと願っています。 
12 最後まで希望を持ち続けるなら、信仰生活が怠惰に流れたり、無関心に陥ったりすることはありません。信仰と忍耐によって、神の約束なさったものを受け継ぐ人たちにならう者となってください。

(リビングバイブル訳)


「いつまでも成長しない赤ちゃんクリスチャン」 これが今日のテーマとなります。生まれた赤ちゃんは可愛いです。私も歳の離れた妹の世話を小学校の時からしてきましたし、教会関係の沢山の赤ちゃんの世話をしてきました。妹が「疲れた」「もう歩けない」と言えば背負い、「寒い」と言えば自分のコートと妹のと取り替え着せて暖かくし、「喉が渇いた」と言えば水を探してあげたものです。子供や赤ちゃんがいつまでもそのままであればどんなに残念なことでしょうか。成長を望まない親がいるでしょうか。たとえ巣立ちして自分から離れて異国に行ったとしても、親はそれを喜んでいるのです。

霊的に成長した徴(しるし)は、聖書によれば以下です。

1. ほかの人を教える(12節)
2. 霊的固形物を食べる(12節)
3. 善悪の区別がつく(13節)

これに関しては、14節がわかりやすく言い換えを行い、同じ言葉を繰り返しています。

1. 他の人を教える=教師となる
2. 例の固形物を摂る=神の深い奥義を理解する
3. 善悪の区別がつく=正しい行いをする


6章ではさらにそれを受けています。「これ以上子供であることから脱却しよう」と著者は勧めます。是非、共に成長していきましょう。どうしたら良いのでしょうか。み言葉にあります。

1. もっと理解力を高め、成熟を目指して進みましょう。行いによって救われようとするまちがいや、神を信じる信仰の必要性などを、これ以上聞くには及びません。 
2. それでも尚なお神に背を向けるとしたら、もう主に立ち返ることはできません。それは、神のひとり子をもう一度十字架につけ、人前でさらしものにすることだからです。そんな人は、もはや悔い改めようがありません。
3. 聖霊の実、愛の実、家族や友人の救いの実を結んでいきましょう。

この学びを読まれているお一人お一人について名前を挙げて祈っています。沢山の実が愛する兄姉に結ばれますように。

7 −9節
十分に雨を吸い込んでよく潤った畑が、農夫に大豊作をもたらしたとしたら、その畑は神の祝福をむだにしなかったことになります。 しかし、いばらやあざみばかりを生えさせるなら、その畑は役立たずとして焼き払われてしまいます。愛する皆さん。私の言ったことすべてが、あなたがたに当てはまるわけではないでしょう。私は、あなたがたがキリストの救いにふさわしい実を結んでいるものと確信しています。

最初、厳しめの言葉で始まった箇所ではありますが、励ましと慰めと承認の言葉も書かれています。
 
10−11節
神は、決して不公平な方ではありません。あなたがたが神のために熱心に働いてきたことや、同胞にずっと援助の手を差し伸べてきた愛をお忘れにはなっていません。私たちは、あなたがたがこの世にあるかぎり人を愛し続けて、十分な報いを受けることができるようにと願っています。
 
でも特にコロナでプチ暗黒時代にいる私たちは、孤独に陥ってしまわないようにしたいと思います。秘訣があります。

1. 信仰を成長させる友や仲間
2.み言葉の学ぶ温かいグループ
3.自分の証を続ける
4.仔羊の血🩸の奥義を絶えず学び実行
5.霊的メンターを見つける
6.愛と祈りの実践

などなど

最後の最後まで、共に目を覚まして祈り主をご紹介して参りましょう!求めさえすれば、主は素敵な祈り仲間を、必ず人生の最後まで与えてくださいます。

ところで「清い」という漢字は、「水+主+月」という言葉で構成されます。これを解釈すると「水なるみ言葉+主イエス+毎日太陽を頭に置く月(自分)」によって「清さ」を保つことができます。是非パウロ(1テモテ4:13&ローマ10:17)やヨハネ(黙示録1:3)が勧めるみ言葉の学び(朗読)を続けていきたいと思います。特に忙しい笹沼に代わり、コロナ以降にみ言葉の学びを継続されている菅野先生に深く感謝します。

12節
最後まで希望を持ち続けるなら、信仰生活が怠惰に流れたり、無関心に陥ったりすることはありません。信仰と忍耐によって、神の約束なさったものを受け継ぐ人たちにならう者となってください。


今までの学びにあったように、厳しい労働(簡単な労働はなし)後の安息を軽んじたりせずに、互いに心込めて祈り励まし、成熟を目指して成長するように努めて参りましょう。

2ペテロ3:18
私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。


最後までお読みくださりありがとうございました🌸主を愛し求める素晴らしい兄姉に主の平安がとどまりますように….