思考を消すとか止めるという方法論があります。
これは昔から覚者を含めてさまざまな人たちが提唱してきた方法論です。
私はこれを批判するつもりはありませんが、どうしても気が乗りませんでした。
思考を問題視することに強い抵抗を感じていました。
今、私はすべてを受容することに注力しています。
すべてを受容するとは、自分自身に生じたすべての思いや言動を含めて身のまわりに起こるすべての出来事をそのままもらっておくということです。
生じたもののすべてを、ポジティブなものもネガティブなものも含めてすべてそのままもらっておくのです。
これはかなり困難な道ですが、受容すればするほど内面に問題がなくなります。
問題がなくなれば思考する必要性もなくなるので結果的に思考することもなくなります。
このようにすれば思考を問題にすることなく必要なときだけ思考が生じるようになると思います。
とにかく私は思考を問題視したくないのです。
なぜかはわかりませんが、思考という有象無象なもの・魑魅魍魎なものも大切にすべきだと思うのです。