この記事は、とてもベビーな内容です。
書いていいか
やめた方がいいか迷いながら書いたので
伝わりにくいかもしれません。
ご注意ください。
ベンゾショックの際の
1番やっかいだった症状の一つ
希死念慮について書きます。
私にとっての希死念慮は、
離脱症状と言うよりは
離脱症状がきつすぎて、それから逃れるために
死を選ぶしかない!という考えが
頭の中を支配している状態でした。
結論から言うと、
今は希死念慮は全くありません。
あれだけ死を身近に感じていたことが
嘘のようです。
希死念慮が1番酷かったとき
道具も揃え場所も考え、
遺書も書いたのに
なぜギリギリ、一線を越えずにすんだのか
冷静に考えてみました。
一言で言うと
死んだ後のことを
リアルに想像してしまい
思いとどまった
というのが1番分かりやすいかと思います。
具体的には
①私がいなくなった後の息子のことを想像し
母親は私以外ありえないと思った
②魂が抜けた自分の遺体をリアルに想像
私が選んだ場所の近くに、
番のカラスが住んでいるのに気付き
遺体発見までに
つつかれるのではと思った
③万が一失敗して後遺症が残った時を想像した
この三つが、思いとどまった
具体的な理由です。
②が異質ですが…。
拷問のような離脱症状の数々と
それから逃げたいが故の希死念慮でしたが
死を選んだ際のその後を
想像する余力がまだ残っていました。
なので、最悪の選択をせずに
何とか耐えぬき、
減薬スタートから2年以上
普通に仕事して、家事、子育てをして
YouTubeやTikTokを見て爆笑している毎日
もちろん離脱症状はまだありますが
初期のものと比べると、軽くて軽くて。
あの時、一線を越えていたら、
今の幸せはありません。
ベンゾの離脱症状や希死念慮は
気の持ちようや、
努力で何とかなるものではないと思っていますが
もし今、離脱症状に耐えかねて
希死念慮がうまれてしまっている方は
一線を越える選択をしてしまう前に
他に何か選択肢がないかを考えて欲しいです。
「選択肢は一つでは無い」
私の主治医の言った言葉で
1番印象に残っている言葉です。

