碧い宝石 | S A L O N

1989~90年頃だったと思うのだが…友人の部屋に遊びに行くと、円盤状の熱帯魚が十数匹、優雅に泳ぐ、幅150cmという大型水槽がデ~ンと置かれていた。
その時初めて目にした、その“円盤状の熱帯魚”が…「熱帯魚の王様」とも呼ばれる“ディスカス”であった。
ディスカスは、南米のアマゾン川流域が原産の淡水魚で、シクリッド科・シムフィソドン属(Symphysodon)に分類される魚である。
確か、私がその折に目にしたディスカスのほとんどは、そのアマゾン川流域で捕獲・採取された“野生魚”…いわゆる“原種(ワイルド)”個体の…多分、グリーンディスカス?…であったと記憶している。

 

野生のディスカスは、その産地や環境などによって採取される個体の色調、模様などが異なることから、いくつかの亜種に分けて分類されており、勿論、原種のままでもディスカスは美しく、観賞用熱帯魚としての人気はあるが…
(私が‘90年代に飼育していた頃よりも、希少性も相まって、現在では原種の方が価値、人気が高くなっているようである…)
天然採取される個体のなかで、特に基調色の赤褐色部分や、体色の青色や青緑色の部分が色鮮やかな…“ロイヤルブルー”や“ロイヤルグリーン”と呼ばれる魚の、その美しい色調部分を強調・固定しようと、1960年代にシュミット・フォッケ氏(独)やジャック・ワットレー氏(米)などの…いわゆる“ブリーダー”による人工交配が試みられ、そして魅惑の人工交配種が作出されたことで、その後の観賞用熱帯魚としての地位が確立したといっても過言ではない。
こうして交配・作出された美麗種が、トルコ石(=turquoise)の色の如く青~緑色の輝きを持つことから、ディスカスは別称として…ターコイズ(turquoise:英称)、ターキス(türkis:独称)などとも呼ばれるのである。
特に黎明期においては…青系改良種では、幅広のターコイズグリーンのストライプが、体表のそのほとんどを覆い、基調職の赤褐色はわずかに線状・班状として痕跡を残す程度にまで改良された 「ブリリアント・ターコイズ(ブリランテ・ターキス)」…
赤系改良種では、逆に、基調色である赤褐色部分を鮮明にして、その隙間を鮮やかなターコイズグリーンで埋めた「ジャーマン・レッド」などの改良が独を中心に試みられ、欧州および米国の愛好家たちの間で高級魚として珍重された。

ディスカスの各部の名称
ディスカスの各部の名称 

1  吻(ふん)=口(くち)
2 下顎(したあご)
3  腹鰭(はらびれ)
4  臀鰭(しりびれ)
5  前鰓蓋骨(ぜんさいがいこつ)
6  主鰓蓋骨(しゅさいがいこつ)=鰓(えら)
7  側線(そくせん)
8  胸鰭(むなびれ)
9  眼球(がんきゅう)
10 棘条(きょくじょう)=背鰭(せびれ)前方
11 軟条(なんじょう)=背鰭(せびれ)後方
12 尾鰭(おひれ)
13 鼻孔(びこう)

 


A 体長=口先から尾の付け根まで
B 全長=口先から尾の先まで


その後、 作出の中心は東南アジア…特に、(まだ英国領時代の)香港に移り…それら色調の特徴は疎か、体型なども目覚しく進化していく。
そのちょうど最盛期ともいえる時期を先ず牽引したのがロー・ウェイン・ヤット・サニー&ン・ティン・ヤング・ロッキー両氏らのW.W.F.F.(World Wide Fish Farm) であった。
そのサニー氏率いるW.W.F.F.が、1990年に満を持して発表したWB22(独自のコード番号)…名称“ブルーダイヤモンド”(以下BD)↓の登場は、その当時の海外および国内を問わず青系フリークたちにとっては最高峰にして究極の青系ディスカスとして垂涎の的であったのは言うまでもない。
勿論、友人宅で魅了されて以来、ディスカスの魅力に嵌っていた私にとっても…

 

WWFF_WB22

 

 

それまでの青系コバルトでも、基調色の赤褐色部分がすべてブルーに埋まる…いわゆるベタ青になったタイプも作出されていたのだが、BDは 背鰭・臀鰭に入る輪郭もほとんどなく、バーチカルといわれる体表を縦に横切る暗色横帯は勿論、眼球部分にも第一暗色横帯の痕跡が残らない。
また、頭部および鰓部にも赤褐色の基調色が全く残ることなく、全身がブルーで覆われた…まさに碧い宝石に思えたものである。
ただ、当初の“ブルーダイヤモンド”はW.W.F.F.に限らず…背鰭・臀鰭に残る若干の輪郭と、眼球の色は真っ赤ではなくオレンジ色に近い感じであった。
その後、こうした点を改良?…WB22の進化形?とでもいうことなのか、スーパーの“S”が冠されたWB22s(スーパー・ブルーダイヤモンド)へと受け継がれていったのだが…
まぁ、もともとWB22に限らず、W.W.F.F.の魚には個体差が顕著で…
なかなか安定した美固体が供給出来ていなかったように思う。
それもあり、あの当時、カタログ写真のWB22の美個体以外、サンプル個体ですら見た記憶がない。

勿論、当時、W.W.F.F.だけがBDを作出をしていたわけではなく…
この時期は他の香港ブリーダー達もこぞってBDの作出を競っていた。
そのなかでも、当方的にもっとも心惹かれたのが王志華氏の作出した↓のBDであった。
若干、目に第一暗色横帯の痕跡が残るものの、体色・体形・面構え、それに加え、当時からあまり大きくならないと言われていたBDにして、その大きさともにとても素晴らしい個体であった。 

 

王志華_BlueDiamond

 

因みに、まさにこの“カタログ用”の魚は縁あって当方が一時期所有・飼育していた。
下世話な話だが…バブルの名残りの時期?でもあり…この魚一匹のお値段は今では考えられない程、高額だった。
このBDは特異ではあったのだが…
魚種にもよるが、BDに限っていえば、それでも現在の相場の3~5倍程はしていたように思う。
この写真は、その当時に撮影したもの…デジタル・カメラなどのないフィルム・カメラの時代であり…それも使い捨てカメラのような物での撮影のため、かなり画室が粗く、悪いが、その点はご了承あれ…

この王氏のBDを入手出来たこともあるが…
王氏の作出する魚たちは比較的、他のブリーダーの魚に比して個体差が少なく、安定した魚質を保っていたこともあり他にも何尾かを飼育していた。
当時、千葉県佐倉市にあった王氏の興発行水族の特約店でもあった『HERTLAND』というディスカス専門ショップには、開店当初から何度か通ううちに懇意にしていただき…
それがご縁で、香港への買い付けにも同行させていただいたりもした。
その際に、王氏の興発行水族は勿論…
当時、若手のブリーダーとしてめきめきとその実力を伸ばし始めていたウェイン・ン氏の威恩水族…
ロー・チー・チョン、ポール・ラム氏らによるエンラン・アクアリウムなどを訪問する機会を得た。
因みに、エンラン・アクアリウムが作出した魚種番号“YL-15”…BDとは命名せず“Blue Face”…もまた素晴らしく綺麗な魚であった。 

YL-15_BlueFace


もともとBDは劣性形質による産物とも言え、その形質を維持・系統していくことは、実は難しいのである。
そのため、すべての条件が揃った個体は極めて少なく、そのため高価でもあった。
現在では、マレーシア(ペナン)をはじめとする東南アジア地域に生産、繁殖の場が移り…
BDなども安定的に供給されており…
鰭の輪郭や眼球の色などの問題は解消されてはいるが…
それと引き換えに体形・体長…それ以上に、“ブルー”であるべきはずのダイヤモンドは、白色に近い薄いグリーンの如き体色の魚が多く…
青系フリークをがっかりさせ…BD離れをまねいていると言っても過言ではない。
↓のような完璧に近い個体には、やはりなかなか御目にかかれないのは当時も現在も変わっていないのかもしれない。

 

 
それにしても、現在は熱帯魚を扱うショップ自体が少なくなっているようにも思う。
20年前には都内近郊にも有名なショップなども含め、ディスカスを専門とするようなショップですら十数店以上はあったものと思うのだが…
残念なことに、現在はそのほとんどが閉店してしまっている。
なんでも“3.11”の東日本大震災以降、地震により水槽が破損したり、部屋中が浸水したりなどの被害を受け…
ディスカスのみならず、熱帯魚の飼育を断念する人などが増えたことにより、より顕著になったのだとか…

20年ぶりに熱帯魚事情に接し、現在では、一部の魚種を除き…
ディスカスも勿論であるが、BDに代表されるような改良種といわれる人工的な作出の魚よりも野生種(ワイルド物)の方が好まれているようである。
ここまで、散々BDに関して書いておきながら、言うのもおかしな話ではあるのだが… ことBDのように基調色部分もなく、ベタ青な魚ばかりでは…確かに綺麗ではあるものの、綺麗だけでは何となく物足りなく…飽きがき易いのも然りである。
また、当時…私がディスカスの飼育から離れる頃に見られた傾向が…
当時のディスカスの嗜好は、“ハイフィン・ハイボディ”化が求められており、鰭も含めた体高をより長く的な改良に改良が競われた結果…
野生種では有り得ないような奇異な体形が持て囃される
傾向もあったのだが、やはりこうした突飛な傾向は一時的な流行に過ぎず…
逆に、それまでのディスカス愛好者の興味すらも減退させる結果を招いてしまったように思う。
やはり、自然の創り出す妙…そこに秘められた美しさには、敵わないのかもしれない。


最後に、現時点での当方ディスカス・タンク(90x45x45)における“青系 改良品種”の飼育魚たちを紹介させて頂こうと思う。

ブルーダイヤモンド(Inti Aqua Farm産) 約15cm
IAF_BlueDiamond 
アクアジャパン純血コバルト旧血統(AquaProShop ORIGINAL産) 約16cm
ORIGINAL_AquaJapan_Cobalt 

スーパーブルーダイヤモンド(INDA Discus Farm産) 約15cm 
IDF_SuperBlueDiamond 
ブルーベリー・スペシャル(AquaMeister産) 約17cm