短編小説
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手の届かない先にあるもの・・・13

「中村君へ。
お手紙ありがとう。
とってもうれしいです。なんだかすごくうれしいんです。

名札のこと。もう忘れていました。そんなに大切にしていてくれたなんてとってもうれしいです。
ほんとはね引越ししたくはないんです。
だって、この町が好きだしたくさんの思い出がいっぱい詰まった場所でしょ。
知らない町へ行くのは心細い感じがしているの。
それに、中村君から返事をもらってからはほとんど中学のときの楽しかったことが思い出されて余計に行きたくないような気持ちになって。
今行ってしまったら、中村君と会えなくなってしまうような気がして。
実は私の父親ね。男女交際にすごく厳しいの。
だから、こうして手紙を書いているのも内緒なの。手紙も父親に見つかる前にポストから抜かないといけなくて。
ごめんなさい。
だから今度返事をくれるときは、名無しのごんべいで出してほしいの。父親に見つかったら絶対私に返してくれないから。
進路のことなんだけど、すごく今悩んでいます。
今通っている高校は大学付属なのでそのままエスカレーターで進学できるんですけど、私は違う大学を第一志望なんです。
ずっと英語が好きだったから上智の英文科を希望してて、でも私の今の実力では少し及ばないみたいなんです。
同じクラスメイトだった島田君を覚えていますか?
彼も上智希望でよく相談にのってもらっていて。
誤解しないでください。彼とはお付き合いしていますがただの仲の良いお友だちです。
一週間に一度くらいで高校の帰りに待ち合わせをしておしゃべりするくらいです。
私の家庭はとても厳しいからその程度くらいしかできないの。
こんなこと言わなければよかったかな。
中村君の志望大学が決まったら教えてくださいね。
それでは、お元気でかぜなどひかないように。
純子」

手の届かない先にあるもの・・・12

「三沢さんへ。
お元気ですか?
お手紙ありがとう。とてもうれしかったです。
僕はまだ進路は決めていないんですけど、三沢さんはどこの大学へ進学するのですか?優秀だったからきっといい大学へ行くのでしょう。どこでも大丈夫です。きっと合格しますから。安心してください。
ところで、引越しの準備はできましたか?遠いところだから大変ですね。
それと一つ、今だから白状しますけど、怒らないでくださいね。
純ちゃんの中学時代の名札を今でも大事に持っています。
いつもそう呼んでいたからそう呼ばせてください。
憶えていますか?
青くて丸い名札のことです。
ごめんなさい。
あれは僕が盗んでしまったんです。
無くなったとき、けっこう探している純ちゃんの姿を見て心に矢がグサリと刺さったように感じました。
でも、どうしても記念になる純ちゃんの持ち物が欲しかったんです。
その名札入れを外して「三沢」とペンで書かれた紙を自分の名札入れの中にいつも入れていました。
返そうと思ったんです。でも返せなかった。
別々の中学になってからも、それを見ていつも思い出していました。
いつまでも僕の宝物です。そして今でも大切にしまってあります。
今度出会うときがあればその名札を純ちゃんに返したいと思います。
返せるときが来ることを願っています。
英二」

手の届かない先にあるもの・・・11

「中村君へ。
お手紙もらえるなんて思ってもみなかったからびっくりしました。
中村君から本心だったと聞いて、あの時のことが昨日のことのように思い出されます。
思い出してはいけないと思いながらも、やっぱり思い出します。
変ですよね。
実は私、最近まで中村君が通う中学のそばにある大石整形外科病院へ入院していたんですよ。
その時、中学校から帰る生徒を見て、懐かしかった中学一年の頃をよく思い出していました。中村君の家にも近いですね。
やっぱりだめですね。
中村君から返事をもらってからは、ずっと楽しかったあの頃を思い出してしまって。
知っていますか?
私たち女の子の間で誰が一番好きか、そういう話題がいつもあったんです。
中村君はいつも人気が高かったんですよ。私も実は好きな男の子は中村君だったんだから。
だから、余計に、、、。
ほんとは、色紙を整理してたなんてウソなんです。
引っ越していく前にどうしても伝えたかったの。そうしないともう二度と会えなくなるような気がして。
もうすぐお互い高校を卒業ですね。卒業したら私も千葉へ引越しの予定です。
たくさんの思い出があるこの町を離れるのはとても寂しいことですが、離れていく前に一度でいいから会いたいと思いました。
良ければ返事をください。
待っています。
お元気で。

P.S.中村君はどこの大学へ行く予定ですか?

純子」

手の届かない先にあるもの・・・10

「謹賀新年。年賀状ありがとうございます。
とてもお久しぶりです。
お元気ですか?
懐かしいです。
今だから言いますけど、あの色紙に書いたことはぜんぶ本心だったのです。
遠くへ引越ししてしまうんですね。いいところですか?
お互いこれからも頑張りましょう。」

 書き終わると急いで自転車を走らせ年賀はがきを郵便局の赤いずん胴のポストに投函した。
 年賀状の返信は純子にとっても思いがけないことだったようだ。それを機に僕たちの手紙の交換が始まった。

手の届かない先にあるもの・・・9

 クラス全員が色紙に寄せ書きした。順番に一人づつ回ってくる。そして純子の色紙が回ってきた。だから書けたのかもしれない。そう憶えている。

「とってもかわいくて大好きな純ちゃんへ。また遊ぼうね!!中村英二」

 とにかく好きなことを相手に冗談でもいいから打ち明けたかった。そんな思いが強かったのだろう。でも書き終わってから少し後悔した。ストレートに書いてしまったので、後であれこれと詮索されるのを嫌ったからだ。当然冗談にしか思われない。けれども、それはそれで満足していた。ウブといえばウブである。思いを告げられないが仲良しであることには違いなかったのである。僕たちは相変わらず勉強を教えてもらいそして似顔絵を描くことを繰り返した。
 思いがけない年賀状に記憶は一層鮮明になっていく。
 僕はすぐペンを取り、返信の年賀状に丸文字にならないように注意しながらこうしたためた。

おまえの家

 マンションの部屋からどんよりと落ちた灰色の空を見上げていた。どこか気分が冴えないそんな一日だった。やがて気分が滅入っているあたいの気持ちを慰めてくれるように、灰色で覆われた雨空の彼方に一筋の光の矢が放った。

「雨もあがったことだし おまえの家でも ふっと たずねて みたくなった」

 仕事が死ぬほど忙しかったよ。それに昔と違って今は生活にも困らないし。欲しいものはなんでも手に入れた。でもさ、なにか違うんだよね。あたい、なんか違うと思う。なんていうか、なにかを昔、置いてきてしまったような気がするよ。今気づいてももう遅いんだろうけどね。
 あたい、なにを悩んでんだろう。自分でもわかんないよ。今、こんなに幸せなのに、なんかさ心の真ん中に冷たい風がふくのよね。もう寒いったらありゃしない。
 だからさ、ちょっとだけおまえに会いたくなったんだ。懐かしいおまえの顔を見たくなったんだよ。都合のいいときだけ現れるの迷惑だと知ってるけど。あのときのおまえがとっても今懐かしくてさ。

「けれど おまえの家は なんだか どこかが しばらく 見ないまに 変わったみたい」

 変わってなんかいないさ。変わってしまったのはあたいのほう。そうさ、あたいの心。どこかでおまえも変わっていて欲しかった。そう思っただけ。卑しい女ね。あたい。

「前には とても おまえが聞かなかった音楽が 投げつけるみたいに 鳴り続けていたし」

 昔を懐かしいんじゃないけど。でもさ、あのときのおまえは、あのときのあたいたちは、そんな音楽は聴かなかったよね。

「何より ドアをあける おまえが なんだか と 言いかけて おまえもね と 言われそうで 黙りこんだ」

 昔のおまえじゃないよって言ってやりたかった。昔のおまえはそんな目をしていなかったのに。でもさ、あたいも人のこと言えたもんじゃないわね。お互い様ってもんかな。

「昔飼っていた猫は 黒猫じゃ なかったね 髪型も そんなじゃ なかったね」

 前に飼っていたノラ猫はどうしちゃったの。髪型も短くなっちゃって。そうね、時代は変わったのかもね。なにもかも時間のせいにしたいよ。そうしてなきゃ、やってられないじゃないの。

「それは それなりに 多分 似合っているんだろうけど なんだか 前のほうが と 言いかけて とめた」

 長髪のおまえは挑発的で目がギラギラしててよかったよ。あのときの、おまえの目はこんなにやさしい目をしていなかった。やさしい目が余計あたいの胸に突き刺さるよ。

「言いだせないことを 聞きだせもせずに 二人とも 黙って お湯の沸く 青い火をみている」

 昔はなんでも話し合えたよね。こうやって夜明けまで語り明かしたことも何度もあったよね。こんなにやかんに入れた水が沸騰するまでの時間がとても長く感じたことなんてなかったのに。

「何を飲むかと ぽつり おまえは たずねる 喫茶店に来てる気は ないさ」

 昔はさ、適当にやれよって。他人行儀みたいなマネはよしてよ。客でもあるまいし。

「ねえ 昔よく聴いた あいつの新しいレコードが と わざと 明るく きり出したとき おまえの涙をみる」

 あたいもおまえも好きだった、アローン・アゲイン。懐かしい曲だったね。

「ギターは やめたんだ 食って いけないもんな と それきり 火を見ている」

 その一言があたいの胸に突き刺さる。早く沸いてよ。そんなこと言わないでよ。あたい、どうしていいかわかんないから。

「部屋の隅には 黒い革靴がひとつ くたびれて お先に と 休んでる」
 
 昔はコンバースのオールスターを履いていたね。いつもかかとをふんずけてさ。汚いったらありゃしなかったね。ねえ、聞いてる。

「お湯のやかんが わめきたてるのを ああと 気がついて おまえは 笑ったような 顔になる」

 あたいを気遣ってくれるの。やさしすぎて、涙が出てきそうだよ。

「なにげなく タンスに たてかけたギターを あたしは ふと見つめて 思わず 思わず 目をそむける」

 おまえのいつものギターだね。いつも弾いてたギターだね。憶えているよ。

「あの頃の おまえのギターは いつでも こんなに 磨いては いなかったね」

 弾きたいんだね。わかっている。おまえの気持ちくらい。同じギター弾きじゃないか。でも、もう弾いてはいないんだね。いろいろあったんだね。弾きたくても弾けないおまえの気持ち。そのギターだけが知っているんだね。

「あんまり ゆっくりも していられないんだ 今度 また来るからと おまえの目を見ずに言うと そうか いつでも 来てくれよと そのとき おまえは 昔の顔だった」

 嫌だよ。その昔の顔見ると、あたい、、、。

「コートの襟を立てて あたしは仕事場へ向かう 指先も 襟もとも 冷たい」

 バーバリーのコートで胸元を隠しても、おまえにはあたいの心が見えてしまっているんだね。こんなに寒いのはいったい誰のせいなのさ。

「今夜は どんなに メジャーの歌を弾いても しめっぽい 音を ギターは 出すだろう」

 おまえの分までギターを弾いてみせるよ。けれども、けれども今夜だけはギターと共に泣きたいよ。おまえが聞いたらきっと、ギターが泣いてたぜって、言うだろうけど。けれど、やっぱりギターが泣いちゃうんだよ。
 もうあの頃のあたいらじゃないけど、あの頃を大事にして歌っていくよ。どこまでも、どこまでも、だから聞いてておくれ。
 昔のあたいじゃないけど、おまえのギターの分まで歌っていくよ。
 待っていてね。あたいたちの夢だったこと、きっと約束するから。

手の届かない先にあるもの・・・8

 席替えの時たまたま隣り合わせになった。純子はクラスでも常に上位に入るくらい成績が優秀だった。僕はどちらかというと劣等性で勉強が苦手だった。だからよく苦手な勉強を新設に教えてもらったりしていた。そしてそのお礼にいつも似顔絵を純子に描いてあげた。よく似てるとおどけて笑ってくれた。その笑ったときに見せる出っ歯がとても印象に残っている。
 いつも三つ編みをしている純子がその長い黒髪を結び直すことがある。バサッと下ろした黒髪を回転させるようにして一気に髪の毛を胸元に引き寄せる。一瞬シャンプーの香りが漂う。それから手際よく三つ編みに髪の毛を束ねていく。束し残した前髪が揺れるとき僕の心臓もどことなしか激しく揺れているのに気づく。
 そんな甘くて懐かしいような記憶が蘇ってきた。

手の届かない先にあるもの・・・7

 とても短い文章だった。僕は思いも寄らない突然の年賀はがきに驚きと喜びを隠せなかった。そして、忘れてしまっていた記憶が湧き水の如く静かに蘇ってきた。
 僕は中学に入学した当時とても小さな少年だった。だから新調したニッケの学生服も2サイズ以上大きいものを買った。袖は第二関節が隠れるくらい長かったし、ズボンもウエストを3cm短くしてもなおぶかぶかの状態だった。すぐに大きくなるから心配ないと言われたが、結局大きくなる前に擦り切れて使えなくなってしまった。
 クラスでは一番背が低くかわいらしかった。それとやさしい性格をしていたので友だちも多かった。なかでも女子の友だちは多くすぐ仲良しになることができた。まだ男と女というような大人びた感覚ではない。もちろん好きとか嫌いとかもはっきりしない。でも気になってしかたがない女の子がいた。それが純子だった。

手の届かない先にあるもの・・・6

 普通であれば高校生活最後の冬。もうとっくに忘れかけていた僕の元に一通の年賀状が届いた。正直に言うと忘れてしまっていたと言ったほうが適切かもしれない。
 差出人は純子だった。


「新年 あけましておめでとうございます。
お久しぶりです。お元気ですか?
憶えているでしょうか?
中学一年の時、クラスメートだった純子です。
今度、千葉県の四街道市へ引越しすることになって、身辺の整理をしていたら中学一年の時の寄せ書き帳が出てきました。
ご迷惑だとは思ったのですが、とても懐かしくなり手紙を出してしまいました。
お体を大切に。お元気で」

手の届かない先にあるもの・・・5

 僕は少なからず純子のことが好きだった。少しガラガラ声でハスキーがかった声がまだ耳の奥にかすかに震えている。また彼女がはにかんだ時に垣間見せる二本の出っ歯がとても愛くるしく印象に残っている。色黒でそして黒く長い髪はいつも三つ編みで一つに束ねられていた。
 それから五年後の彼女の姿をどう想像してみても思い浮かばない。思春期の五年は女性を少女から女へと変えているに違いなかったからだった。
 僕たちは、それぞれの学校で青春を謳歌し、別の中学、高校と進んでいった。同じ地域に住んでいながら出会うこともうわさを聞くこともなかったし、やがて幼かった記憶は風化し砂嵐の如く飛ばされていったかのようだった。
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