当方の切迫した雰囲気に気圧されたのか、

はたまた、病院の診断書に急がなくてはいけないかな?と

思わされたのかは定かではない(おそらくは、後者の方が有力かな。)が、

介護認定の結果が送付されてきた。

 

郵便物の管理ができない父に送付しても失くしてしまいそうだったので、

当方の自宅への送付を最初に依頼してあったこともあり、送付されてきた時には、

思ったより早かったというのが、感想である。

 

実際、30~40日ぐらい掛ると言われていたし、書類にもそう書いてあったので、

申請日から算出すると、一月の中旬から末にかけて送付されてくると思っていたからだ。

 

結果としては、「要介護1」

妻の父と状態が大差は無いので、概ね変わらないだろうと考えていた。

妻の父は、「要介護2」だったので、予想通りと言えば予想通りだが、

この辺りの判定基準にも、多少の疑問は残る。

市町村が異なる、担当者が異なるなどで、判定基準が上下するようでは、

受ける側が困るからである。

 

まぁ、元々レベル分けなんてものは、子供の頃の通信簿から始まっているので、

3段階評価や、5段階評価、と雑に分けられても、よくできるに近い、普通なんてのもあると

自分に言い聞かせ、きっと要介護2に近い1なんだろうと思うことにした。

 

兎に角、認定が下りたので、収容する施設を早めに決めないと

父の食生活にも、居住環境にも良くない。

いや違った、自分の精神衛生上良くない。

こっちが一番だ。(笑)

 

今の当方には、最低限はできても、それ以上はできない。

それがスタンス。

 

育ててくれたのには感謝はあるが、人間的に軽蔑することはあれど、

父には尊敬の念は抱けない。

姉との会話で、よく聞かされるのが、あの父親でよく私たちはグレなかった。と言わしめる。

とても残念な父である。

 

今回の件も、姉が実家から出ていき、数十年後、自分の都合で、当方を追い出し。

追い出されるときには、一人で生活していくことがどういうことか、こういったことが起こった時には、

どうするのかと。

聞く耳を持たず、お前の世話にはならんと言って、追い出したのさ。

それでも、現役を退いた元気なうちはまだよかったと思うが、

自分が年老いたことを理解していなかったのだろう。

老いては子に従え、ということわざもある。

個人的には、自分の子であっても、一個の人間として尊重した方がいいという意味ととらえているが、

きっと父には、できないだろうと思う。

認知症になっても、当方の言うことを聞かないから。

 

そんな父に、理解できるならこの話をし、追い出した時点で考える必要があったこと。

考える時間も山ほどあったはずだと言いたい。

それをしてこなかったのは、家族への甘えでしかないと思う。と。

自分が認知症になるなんてことは、全く考えていなかったのかもしれないが、

それも自業自得でしかない。

 

いずれにしても、いろいろな意味で残念である。