「勇者の質」
ゼロ達がダンジョンの町ローテンのレストランで予期せぬ事があったので場所を変えて改めて食事をした。その新しいレストランで食事をしながら色々と情報を集めてみるとあの4人は最近召喚された勇者だと言う。
やはりあの時感じた次元の歪みは勇者召喚だったかとゼロは理解した。ところが彼ら勇者の評判はすこぶる悪かった。
特にあのガタイの大きい黒田と言う男とその男につき従っているコバンザメの様な男は態度がでかく、横暴で攻撃的で、無理難題を吹っ掛け、巷で良からぬ事をしていると言う評判もあった。それに引き換え残りの二人、背の高い男と美形の女は礼儀正しいと言う事だった。
ただどっちにしても彼らの持つパワーは一般人を遥かに凌駕している。だから誰も表立っては逆らえない。
以前はそれでも腹に据えかねた剛腕の冒険者達が立ち上がったが全員診療所送りになったらしい。中には死んだ者もいるとか。しかし上層部の後ろ盾があるのでどうにもならないらしい。
『とんだ勇者様だな』
その時マーカスがゼロに
「あの勇者達が服に付けていた紋章だがな、あれはマトリスト公爵家の家紋だ」
「何故だ、普通勇者と言うのは国の為に働くんじゃないのか」
「普通ならな」
「それがマトリスト公爵の為に働いていると言のか」
「それが良くわからん。今度ケリンかバーストに連絡を取って聞いてみる」
「ああ、そうしてくれ」
「でもゼロさん、とんでもない勇者ですね」
「全くだ、お仕置きが必要だな」
何故かゼロは楽しそうに言っていた。
今晩の事はさぞ面白くなかったことだろう。あの手の輩は必ず憂さ晴らしに今夜何かやらかすだろうとゼロは思っていた。
そこでゼロは覆面をして夜の町の高い屋根の上で彼らの現れるのを待っていた。
すると予測通り二人で肩を組んで少し足をよろめかしながら歩いては周辺の人に絡み暴力を振るっていた。あいつら未成年の癖に酒を飲んでるのか。
まぁそれはいいが戦う者があの醜態ではな。町の人達はもう馴染なので彼らの姿を見たら直ぐに隠れていたが新しくこの町に来た者や運が悪かった者達が被害にあっていた。
たまたま町の角で鉢合わせになりそうになったのが、これまた運の悪い事に若い二人の女性だった。黒田とその腰巾着はこれ幸いと二人を犯そうとしていた。
それをたまたま見た者がいたが彼らを見て何も言わずに通り過ぎて行ってしまった。まぁ、弱い者など力の前ではそんなものだろう。
これにこの二人は顔を隠そうともしていない。もし間の悪い所を見られたら殺してしまえばいいとでも思っているのだろう。
逃げまどう二人の女性を追いかけて通りの行き止まりに追い込んだ。例え酔ってるとは言え地力が違う。女性の足で逃げ切れるものではなかった。
黒田が一人の女性の上着を掴んで引き千切ろうとした時、礫が黒田のこめかみに当たりひっくり返ってしまった。
「おい黒田どうした。大丈夫か」
「ちくしょう、誰かが石をぶつけやがった。ぶっ殺してやる」
ふらつきながら立ち上がった黒田が血走った目で周りを見回していた。
「よう勇者様、あんたは強姦が趣味なのか」
「何だてめー、てめーか俺の邪魔をしたのは」
「邪魔をされて困るような事はしない方が良いな、勇者様よ」
「やろーぶっ殺してやる」
そう言って殴りかかって来た黒田の腕を捕って背負い投げの要領で投げ飛ばした。すると数メートル飛んで頭を下にして壁に背中からめり込んだ。それでも黒田は頭を振りながら立ち上がって来た。
「ほー勇者と言うのはそこそこには丈夫なんだな」
「くそがー」
そう言って蹴りを飛ばして来たが技にも何にもなってないただの棒蹴りだ。ゼロはその蹴りを下から掬い受けて黒田の足を抱え軸足を刈って体を宙に浮かせ黒田の首に手刀を押し当ててそのまま地面に頭から叩き落した。
流石に今度は脳震盪を起こしたようで立ち上がっては来なかった。しかしそれでゼロの攻撃は終わらなかった。
上向きに倒れている黒田の横っ面を蹴り飛ばした。一回の蹴りで黒田の体は横に数メートル転がって止まった。恐らく頬骨にひび位は入ってるだろう砕かなかっただけまだゼロの慈悲と言うものだ。
「さて残ったのはお前一人だがどうする。ボスの仇を取るんじゃないのか」
金森はゼロと対面した時既に戦意は消失し体は震えていた。とても勝てる相手ではないと意識が体が理解していた。とうとう立っている事が出来ずへたり込んで恐怖の為漏らしてしまった。
「いいか、今度から夜道には気を付けるんだな。あまり調子に乗ってると次はないと思え」
そう言って覆面の男は消えた。
金森は黒田を引きずりながら帰って駐屯所の医務室に運び込んだ。その騒ぎを聞きつけて正木と岬がっ飛んで来た。
「どうしたの金森君、黒田君に何があったの」
まさか自分達が強姦しようとして覆面の男に返り討ちにあったとは言えず、曲者に襲撃されたとだけ伝えた。
酔っていたので不覚を取ったと。岬は、確かに酔っていたのならその可能性もない事もないが、今の彼らの実力があれば例え酔っていても滅多な事で後れを取る事はないだろうと思った。
と言う事は相手は相当な手練れだったと言う事になる。勇者2人を相手取れるほどの。これは報告しておかないといけないかも知れないと岬は思った。
翌朝目を覚ました黒田は暴れまくっていた。「あの覆面の糞やろー」と。ひびの入った頬骨は治癒魔法師によって修復され体の痛みも取れていた。
それで改めて正木と岬が事情を聞きに来た。しかし黒田は「クソが、クソが」と言うばかりで要領を得なかった。そこで少し落ち着いて来た金森にもう一度聞いた。今度は戦いになった理由ではなく相手の戦力について。
金森の話では相手は黒田の最初の突きを柔道の背負い投げの様な技で投げ飛ばしたと言う。そして二度目の蹴りは蹴り足抱えられ軸足を刈られて後頭部から地面に叩き落された。そして最後に倒れてる黒田の横顔を蹴り飛ばしたと言った。
その話を聞く限り岬はその相手の使った技はこの世界の技ではないと思った。むしろ岬達が住んでいた地球の技、しかもそれは岬の良く知る古武術の技に似ていた。
そんな技を使う人間がこの世界にいるのか。もしかしたら一昨日会った東洋人によく似たあの男ではないかと思った。
しかし彼からは何も魔力を感じなかった。強さを感じなかった。では違うのかと思い直した。
「ねぇ金森君、君はその相手を見たんでしょう。何か感じた。魔力の様なものは?」
「魔力?それはわかんなかったな。ただ物凄い威圧は感じたがな。しかし何だ、この次会ったらギタギタにしてやるさ」
岬にはそれは嘘だとわかった。金森は今でもその相手を恐れてる。だから虚勢を張ってるだけだ。それにしても面白い。私達に対抗出来る戦力がこの国にいたなんて。
「おい岬、何ニヤニヤしてるんだ」
「別に何でもなわ」
「おかしな奴だな、仲間がやられたと言うのに」
「そうね。でも自業自得かもしれないわよ」
「おいおい、それを言うなよ」
翌日ゼロ達はダンジョンの入り口に着いた。「竜峰の剣」達はギリゲンで魔窟と呼ばれる魔物の巣に潜っていた事がある。だからダンジョンと言えども初体験と言う訳ではない。
厳密にダンジョンと魔窟とは少し違うが中にいる魔物に関しては似たような物だ。戦う事が初めてと言う事ではない。それに彼らは以前の「竜峰の剣」とはレベルが違う。
今回ここのダンジョンで何処まで出来るかゼロも楽しみにしていた。マーカスにしても、彼は彼で彼ら「竜峰の剣」を一つの味方の戦力と考えているようだから尚更だろう。
潜り始めた最初の辺りはそれこそスライムやダンジョンネズミと言った低レベルの魔物だった。だからこの辺りはある程度流して先に進んだ。
本格的に戦うと言う感じになって来たのは10階層辺りからだ。この辺りでクレイ・ウルフが出た。それも単体ではなく群れになって。そうなるとCランク・パーティでは難しい魔物となる。Bランク・パーティでも一組では難しいと言われる魔物だ。
しかしゼロは少しおかしくはないかと思った。このダンジョンは中級者レベルのダンジョンのはずだ。なのに10階層でもうこのレベルの魔物が出て来ている。これでは上級者レベルではないのか。
戸惑てるのは何もゼロ達だけではなった。この辺りで逃げまどうパーティーもあった。その辺りのパーティーの実力を探ってみると大体Dランク・パーティと言う感じだった。それなら逃げても無理はない。
「おい、何かおかしいぞ。昨日はこんなの出なかったよな、ここ」
そのような事を言っている。そうかレベルが変わったのか。しかしダンジョンで1日で魔物のレベルが変わるような事が起こるのか。いやそれはない。
ゼロも今まで色々なダンジョンを潜って来た。しかしそう言う事は経験した事がない。ただあるとすればソリエンでの「返らずの森」だけだ。しかしあの時は状況が違った。もしかしてここでも。
ともかくこれは予定外の事ではあるが「竜峰の剣」達の実力を試すにはまたとない機会だろう。
「おい、グレノフ、お前らでこのクレイ・ウルフを殲滅してみろ」
「これをですか」
「そうだ。今までの特訓をちゃんとやってたら出来るはずだ」
「わかりました。やります」
そう言ってグレノフ達は戦闘態勢を組んでクレイ・ウルフに挑んだ。まずは後衛の弓使いのケロスと魔法使いのデメレスだ。二人が前衛の後ろから弓と魔法による遠距離攻撃を掛けていた。
ケロスの弓もまだ「カリウスの剣」のクローネには及ばないがそれに近いレベルにはなって来た。魔力連射の矢を出していた。デメレスの得意なのは水魔法だった。水の矢を氷に変え連射してこれもクレイ・ウルフを傷つけ動きを十分押さえていた。
そこに両手剣を使うグレノフと両刀斧を使うブルーノがとどめに入った。二人共十分魔力をそれぞれの獲物に纏わりつかせていた。そして瞬く間に殲滅して行った。
「合格だ」
「本当ですか」
「ああ、ここまでは良くやった。ただこの先もっと強い魔物が出て来る可能性がある。気を引き締めておけ」
「わかりました」
それを横で見ていたマーカスの顔に満足感があった。
「マーカス、お前の特訓も伊達じゃなかったな」
「だろう。俺もあいつらにはちょっと期待してたんだ」
その後、群れで単体でクレイ・ウルフのBランクに近いレベルの魔物達を倒して20層まで辿り着いた。
ここに来るまでにはBランクは言うに及ばずAランクに近い魔物達もいた。それを倒して来た「竜峰の剣」の実力はAランクに限りなく近づいていると言って良いだろう。
ここまで倒した魔物の魔石はゼロがまとめて皆の分をストーレッジで管理していた。しかしとゼロは思った。やはりどう考えてもおかしい。
10階層から20階層までの魔物のレベルが。そして10階層最後のラスボスはオークだった。それまでの魔物よりも弱かった。これはもう明らかにおかしい。
普通ラスボスがそれまでの魔物よりも弱いと言う事はあり得ない。つまり何か人為的な意思が動いていると考えていいだろう。
そこで彼らがラスボスを倒した時点で彼らに一旦ダンジョンを出て町に帰ってゼロ達が帰って来るのを待っようにと言った。ゼロ達は少し調べる事があるからと。
少し不思議そうにしていたが一応今回の成果をゼロやマーカスに褒められた事もあったのでグレノフ達は意気揚々と引き上げて行った。
10階層以降ここまで一人の冒険者にも会わなかった。当然だろう。中級者レベルと言われるダンジョンがここでこのレベルでは上級者でなければ辿り着けないだろう。
その時この先で誰かが戦ってる音が聞こえた。