第一部第一章「地上最強の傭兵が異世界を行く-37」 | pegasusnotsubasa3383のブログ

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「ミレとの別れ」

 ミレはかって自分が住んでいたハイルレーン伯爵家の自分の部屋に落ち着きゼロはミレの近くの客間に部屋を用意してもらった。

 この伯爵家に住んだからと言ってゼロ達のする事はそんなに変わらなかった。魔物を狩り薬草を採取しダンジョンに潜る。それは以前と同じだった。

 ただミレには少し変化があった。時々家の中や家具等を見ている時に何かを懐かしむ様な様子が見受けられた。かと言ってミレの記憶が戻った訳ではない。

 それと共に執事やメイドから貴族社会の仕来りやマナーの数々も学ぶ事になったがミレには窮屈過ぎてついていけなかった。

 まぁ無理もない。これまで野生児然として生きて来たんだいきなり貴族社会の決まりや仕来りと言わてもついて行けるものではない。

 ある時周りがあまりうるさく言うものだからミレが癇癪を起して裏庭に飛び出し裏庭の一部を竜巻で吹っ飛ばしてしまった。それを見た執事は腰を抜かし、

「お嬢様おやめください。それ以上おやりになりますとお屋敷が壊れます」

 と冷や汗をかきながら嘆願する有様だった。それからはミレの機嫌を伺いながら無理強いは避けるようになった。

 そんな事を繰り返しながらミレもそれなりの言葉使いと態度も身につけるようになった。ただ服装に関しては貴族の服は性に合わないと言って着ていない。

 この辺りまで来るとそろそろ良いかとマロエールが形だけでもミレの亡くなった両親の為にもハイルレーン伯爵家の再興を頼めないかと言い出した。

 仮に自分が旅に出ていつ帰って来るかわからなかっても伯爵家だけは形として残せるだろうとミレはハイルレーン伯爵家当主の座を引き受けた。これは準聖女のマロエールが後見人となって王家に連絡され承認された。

 ただ正式に領主となるとする事も多くある。まず税の徴収と地域の治安だ。区民から徴収した税は自動的に教会に3割が行く事になる。

 教会はこれ以外にも区民から個別の寄付も受ける。ともかく教会重視の施政になってる。だから領主の資金源はかなり厳しいものとなる。

 そして地区の警備と治安は領主の管轄だ。まぁ言ってみれば市警を管轄する市長のようなものだ。

 ただハイルレーン伯爵家の領主が亡くなってこの1年、治安に関してはかなりルーズになっていた。一応王家からの仮統括官と言うのが請け負っていたが、ほんの形だけのものになっていた。

 表立っては教会の騎士団が怖いので大きな騒動はないが通りの裏や目の届かない所では暴力や犯罪が多発していた。これらを取り締まるのも領主の仕事だが正直な所全く機能していなかった。

 まず衛兵のやる気のなさ、質の低下に武力の低下も挙げられるだろう。だから危険な所には近づこうとしない。区民が目の前で危害に合っていても。

 だから正に暴漢のやりたい放題。泥棒、強盗に悪徳商人や人身売買も横行していた。この聖教徒法国で人身売買とは本当に笑える。

 そんな衛兵の詰め所にミレが乗り込んだ。

「お前ら何をしている。今さっき区民から助けを求む急報があっただろう。なぜ動かない」
「ガキが偉そうに何言ってやがる。余計な事言ってると豚箱にぶち込むぞ」
「ぶち込まれなければならないのはお前達の方のようだな」
「なんだと、この糞ガキが」

 そう言って殴りかかった一人の衛兵は壁にめり込んでいた。もう一人は頭を蹴られて空中で一回転して手足が明後日の方向を向いていた。

「貴様、何をしたかわかっているのか。俺達は領主様の衛兵だぞ。貴様打ち首の刑になる事を覚悟をしておけ」
「それは誰が決めるのだ」
「領主様に決まってるだろう」

「わたしはそんな決定を出すつもりはないが」
「貴様何を言ってる」
「お前達は不敬罪と言うの知ってるか」
「当たり前だ。俺達を誰だと思ってる」
「なら今の領主が誰だか知ってるか」

「そんなもの決まってるだろうが、ミレウ・ハイルレーン伯爵様だ」
「それはどんな人間だ」
「何でもまだ10歳前後の女の子だと聞いたが」
「おお、そうだ。確かAランク冒険者なんだってよ」
「Aランク冒険者のカードとはどんなものか知ってるか」
「そんなもの見た事もねーよ」
「じゃー見せてやろう。こんなものだ」

 そう言ってミレはゴールドのAランク冒険者カードを衛兵達の目の前に晒した。
ま、まさか・・と衛兵達は口をパクパクさせながらその場に座り込んでしまった。

「お前達は全員不敬罪で打ち首だな」
「ま、待ってください。ご領主様。俺達はただ」
「役に立たない者を養っておくほどこの地区は裕福ではないのでな」

 何か言うとした男の顔にビンタが飛んでそれだけで男は壁まで吹き飛んだ。

「何ならこの場で処刑してやろうか」
「お、お許しください。何でもしますから」
「なら助けを求めている区民の所に今直ぐ飛んで行け。いいか、二度目はないぞ」

「は、はい!」

 衛兵達は後ろを振り返りもせずに吹っ飛んで行った。命が掛かっていると思うと人は動くと言う事か。

「随分と領主らしくなったな。それに言葉使いも」
「からかうのはよしてよゼロ。これでもアップアップなんだから。それよかゼロ、頼みがあるんだけど」
「何だ言ってみろ」

「あいつら本当に使えない。だから鍛えて欲しい」
「いいのか俺で。あいつら死ぬぞ」
「死んだらそれまでの奴らと言う事よ」
「あはは、それでこそ領主だ。よし引き受けた」

 その後衛兵達は全員駐屯所に集められ領主直々に勤務者以外は全員特訓を受けるよう言い渡された。指導員はゼロだ。彼ら全員、生き地獄を味わう事になるだろう。

 その間ミレは一人で裏通りへ、そして人の行かない所へと足を進めていた。恰好の獲物と思った極悪人達は餌に群がるアリの様にミレを取り囲んだ。

 後に残ったのは肢体をあらぬ方向に曲げられたハイエナ達だった。死んでなければいい。どっちみち死罪だし。そう思うミレだった。

 ミレはこれは逆に面白いと思った。普通領主が直接彼らに手を下す事はないが日頃の憂さ晴らしとばかり犯罪者狩りをやり始めた。

 法を犯す者、暴力を行う者は片っ端から叩き潰して行った。今まで空っぽだった留置場が見る見る間に一杯になった。またゼロはミレが取りこぼした犯罪者達を始末していた。

 後にミレは「暴風の女領主」と呼ばれるようになった。ただ区民は領主の顔を見た事のない者が多いので噂だけが先走った。

 まさか歳羽も行かない少女がここの領主様だとは誰も思わなかっただろう。この間ゼロは表向きには特にミレに手を貸す事もなくミレのやりたい様にやらせていた。ここはミレの領地なのだからと。

 そしてミレがマロエールのいる教会に通うようになると教会の運営部から護神教会騎士団の戦闘指導の依頼が来た。

 それはこの前ダンジョンでここの騎士見習い達をアンデットから救った経緯を知った教会の運営部の幹部達がミレの素性を知って依頼して来たのだ。

 勿論反対もあった。何処の馬の骨ともわからない小娘にそんな事が任せられるかと言うものだった。それは特にこの護神教会騎士団の幹部からの声だった。そこでマロエールはその騎士の幹部達とミレとの模擬戦を提案した。

 保安部と言う所は護神教会騎士団を統括する所だ。そこの幹部達はこれは良いチャンスだと思った。

 いつも教会の運営部に主導権を握られているのでここで彼ら運営部の鼻を明かして指導権を奪い返すと言う意図があった。

 模擬戦の当日、教会の運営部の幹部達や保安部の幹部達が双方対面する形で陣取り、試練場には全騎士団員が集まっていた。

 模擬戦で戦うのはミレと騎士団の上位五名だった。当然そこにはゼロとこの模擬戦の発案者であるマロエールも来ていた。

「どうでしょうかゼロ様、ミレは勝てるでしょうか」
「問題ないだろう」

 しかしその五人は冒険者で言えばBランク上位であり状況によってはAランク相当とも言われている騎士達だった。

「貴様が我々を指導すると言っている小娘か。思い上がるのもいい加減にしろ」
「別にわたしはそんな事は言ってないんだけどね、成り行きでこうなった」
「ぬかせ、ここまで来たらもう後へは引けんぞ。己の無能ぶりを嘆くんだな」
「あのさーどうでもいいんだけど早く始めようよ。それと面倒だからみんな一緒に掛かって来ていいよ」
「何だと貴様。舐めてるのか。いいだろう。後悔はあの世でするがよい」

 5人の騎士は一斉にミレに襲い掛かった。しかしミレに指一本触れる事も出来ず全員が数分の内に地に這わされていた。

 辛うじて立ち上がった隊長はミレの蹴りで更にフェンス際まで吹っ飛ばされた。ミレは死ななければマロエール叔母さんが治癒してくれるだろう思っていたので容赦はなかった。

 この光景をみて驚いたのは保安部の幹部達だった。まさかこうも一方的にやられるとは思ってもみなかった。そんな馬鹿な事があってたまるかと、

「これはインチキだ。何か誤魔化しの手を使ったに違いない。こんな試合は容認出来ん」

 と一人の幹部が言うと他の幹部達もそれに同調した。それを聞いたミレはその幹部達全員に威圧を掛けた。その威圧の前に幹部全員は膝をつに息さえ途切れ途切れになり今にも死にそうになっていた。

 そこはゼロに鍛えられたミレだ。容赦はない。生死ギリギリの線まで追い込んで、これ以上文句があるならあんたらがわたしの相手をしたらいいと言い放った。

 この絶対的な力の前には屈服するしかかなった。しかもこの少女がハイルレーン伯爵家の長女であり、現領主だと聞かされた保安部の幹部達は返す言葉もなかった。

 この時を持ってB1地区護神教会騎士団の指導権はミレに移った。ミレは特に見習い騎士の指導に力を入れた。丁度ソリエンの「カリウスの剣」のパーティのメンバーを訓練するよなものだった。

 筋力トレーニング、至近距離闘法トレーニング、武器によるトレーニング、魔法トレーニング等、ミレの指導はどれも過酷を極めた。

 そして実地トレーニングと称してダンジョンにもよく潜らせた。その甲斐あってかこの見習い騎士団は以前からしたら数段上の腕前になっていた。

 もはや古株達に並び立つと言っても過言ではなかった。この者達は後に「ミレ親衛教会騎士団」とも呼ばれるようになっていた。

 ここまで来るのに約半年が過ぎた。ミレは無我夢中だった。ゼロは、困難な事も色々あっただろうがミレはよくやって来たと思った。

『ここまで来ればもういいだろう。そろそろ潮時か』

 ある日ゼロはミレと向かい合ってこう言った。
「ミレ、お前はもう一人前になった。これから先は自分の行くべき道を目指せ」
「何それ。ゼロ、何を言ってるの」
「前に言ったよな。もしお前と別れる時は納得して別れたいと。今がその時だ」
「嫌よそんなの。ゼロはわたしのゼロなんだから。あなたはわたしのお父さんだから」

「あのちんけなガキがよくもここまで来たものだ。俺は今驚きと共にお前に対して敬意を払ってる。それもみなお前の努力の賜物だ。人は何時か別れる時がある。その時に何を持って別れるかだ。悲しみか、憎しみか、羨望か、それとも希望か、喜びか。俺は今のお前に喜びを持って別れる事が出来ると思う。お前はどうだ」
「そんなの嫌よ、嫌に決まってるじゃない。悲しいに決まってるわ」

「ならその悲しみを次回俺に会う時に喜びに変えてみろ。お前なら出来るはずだ」
「ゼロ・・・なんでよお父さん。なんでまたわたしを一人にするの」
「お前はもう一人じゃない。お前を頼る者が大勢いるだろう。なら今度はお前がその信頼に応えてやれる人間になれ。お前の両親やマロエールさんの様にな」

 ミレの後ろにはいつの間にかマロエールが寄り添っていた。ミレの目には涙が溢れてゼロの姿が霞んで見えていた。すると本当にゼロの姿が霞んで消えた。またゼロは残像拳でも使ったのだろうか。

「ゼロ・・・」
「ミレちゃん、昨日ゼロさんが私の所に来たの。そしてこれをミレに渡してくれと言って大きな荷物を置いて行ったわ。何だと思う。今までゼロさんとあなたとで稼いだ賞金や報酬よ。物凄くあったわ。ゼロさんは折半だと言ってたけどあれは違うわね。俺にはあまり用のない物だが領主のミレには必要だろうってさ。本当に良いお父さんと良いお師匠さんと良いパートナーを持ったわね、ミレ」
「叔母さん・・・」
「いいのよミレ泣いても。あなたは今まですごく苦労して努力して頑張って生きて来て一度も泣かなかった。でもこんな時くらい泣いてもいいのよ。好きなだけお泣きなさい」

その日は遠くまで聞こえる泣き声が木霊していた。

(第一部完)