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『~鏡花水月 ~』

鏡に映る花の如くに美しく

みなもの月の如くに脆く儚く

この世は幻 森羅万象は夢の中

我は心のままに詩を詠み続け

毎読芳恩!!

こんにちは、「鏡花水月」 の紫雨(むらさめ)でございます。
ご訪問、いいね、ペタ、ありがとうございます。

~ これは伝説である!
 私の妄想の産物から派生して生まれた異世界への扉。
  扉へ手を伸ばし異世界の壮大な物語へと旅立とう ~


揺れ動く ロベルト・シューマンの精神

ロマン派のピアノ音楽において 「ショパン」、「リスト」 と合わせ
重要な位置を占める作曲家 「ロベルト・シューマン(1810年~1856年)」
偶然なのか 神はこの世に 非凡な音楽家を同じ年に世に出した

大変に興味深い曲を残したシューマンだが
その人生の影の部分に焦点を当て見ていきたい


彼は若き日の日記に 「ライン川で溺れる悪い夢を見た」 と書き記している
そしてそれは彼の晩年において 実際に彼の身に降りかかることになるである

5人兄弟の末っ子としてドイツに生まれたロベルト・シューマンは
幼い時期から音楽の才能に恵まれ
すでに7歳から作曲もしていた

ブログタイトル シューマン16歳の時 
相次いで不幸が襲って来る

姉の精神疾患が原因と想定される自殺と
音楽の才能を伸ばそうと望んでいた父親の死であった

それまで音楽の勉強してきたシューマンだが 
塞ぎこむような日々が多くなった
父親と違い母親は安定した生活ができるよう
法学の道へ進むことを望んでいた

そんな母親の気持ちを組み 
一旦 大学の法学部に入学し法学の勉強を始めたのである
しかし 音楽への想いを断ち切れないシューマンは
再び音楽の道へ戻り勉強をし直すのであった

そして 有名なピアノ教師であった 
「フリードッヒ・ヴィーク」の元に弟子入りする
ヴィークには 「クララ」 という いずれシューマンの運命に
大きな影響を与えることになる娘がいた


ブログタイトル ピアニストになるためヴィークの元
ピアノの練習に励んでいた

しかし指が動かなくなっために 
ピアニストへの道は閉ざされるのであった

動かなくなった指 の要因は
練習方法、病気など諸説伝えられているが
真相に関してはっきりしていない

そんな失意にさらに 兄と母の死が追い打ちをかけるのであった

その後の彼は作曲を習い作曲の方に力を入れ 
初期にはピアノの曲を何曲か作曲を始めた
同時に潜在する精神の病は少しずつ彼を蝕んでいた



そんな中 師ヴィークの娘 「クララ」とシューマンは恋におち
やがてお互い結婚を強く決意するのだ
しかし 「クララ」の親であるヴィークはそれを決して許そうとはしなかった

ヴィークが猛反対する理由も諸説語られており
有名ピアニストと無名の作曲家は身分不相応ともいわれているが
ヴィークはシューマンの精神の器質に気づいていたのではともいわれ
ヴィークは真相を墓の中まで持ってくことになる

ブログタイトル クララは父ヴィークを相手に1年にも渡る裁判の末 
シューマンとクララは勝利し結婚を果たす事になる
シューマンの精神活動も作曲活動も活発になり
最終的に8人の子供を授かることになる

クララは名声をほしいままにしていた
人気の名ピアニストであり
まだ 無名だったシューマンは どちらかというと
「クララの旦那」として知られていた存在だった


シューマンは評論などの仕事もしており
多くの作曲家を世に出していた
そんなシューマン夫妻の元にある日突然
作曲家の「ヨハネス・ブラームス」が訪れる

そしてブラームスもクララに恋をし
不思議な三角関係のようになり
それは またシューマンの精神を蝕むんでいくことになる

シューマンは指揮者としての仕事も任されたが
楽団員とうまくいかず 挫折しボロボロになっていく

ブログタイトル それから間もなくシューマンは
完全に精神に異常をきたし
ライン川に身を投げて自殺未遂をするのである
救出され命は救われたが 
そのころには以前とは別人のようになっており
精神専門の病院に入院し 2年の後そのままこの世を去った

シューマンは精神疾患の遺伝的要素にきっかけとなる数々の出来事の中
精神の疾患の症状が顕著に表れるようになったとみられている
幻覚に幻聴に恐怖し 自分の殻にこもり苦しんだことだと思う

姉の死も精神疾患が原因とみられており
そのころからシューマンの精神にも何らかの影響が与えられたという
そしてシューマンの子供の中にも精神疾患の子供がおり
父親の代からの精神疾患が環境によって色濃くでたようにもみえる

シューマンは 今いうところの 
双極性障害 か 統合失調症 ではなかったかと考えられている

梅毒説も多く伝えられてはいるが 正直なところ
クララや8人の子供に梅毒の影響がでたという話は
聞かないので本当のところどうかはわからない・・・

シューマンの功績に関しては また次の機会にしていきたい



クララに捧げる協奏曲

シューマンのピアノ協奏曲と一言でいってしまうと
ロベルト・シューマンの唯一の協奏曲と
クララ・シューマンの唯一の協奏曲がある

ブログタイトル 今回のは ロベルト・シューマンの方である
曲として完成したのはシューマン35歳のときである
妻である「クララ・シューマン」が
演奏することを意識して作られ
初演は「クララ・シューマン」が行っている

シューマンの代表曲で名曲であるが
この曲の出だしを聞くと
もう一つ別の曲の出だしを思い出す

印象的に魂に刻み付けるようなピアノの出だし
そうである「グリークのピアノ協奏曲」である

実際 グリークの協奏曲の出だしも 
シューマンの協奏曲の出だしに影響をうけているという

印象的な出だしに続き哀愁を帯びたような旋律が流れ込んでくる
昔ウルトラセブンの最終回でこの曲が流され
それからいろいろなところで聞くようになったように感じる


それでは ロベルト・シューマン「ピアノ協奏曲 イ短調」より
第一楽章を 若きマルタ・アルゲリッチの演奏で聞いていきましょう

・ロベルト・シューマン 「ピアノ協奏曲イ短調」より第一楽章



「最後まで読んで頂き感謝 心よりの感謝を込めて・・・
 迷える子羊に 神のご加護があらんことを・・・ 」 合掌