ケーブルで、SEXand theCITYを見た。
昔の自分達みたいだ。
女友達4人で、仕事もタイプも違うけれど、
仲良しで、つるんでいて
流行りの店へ行ったり、遊んでだり。
キャリーやサマンサたちのように
SEXは重視してなかったけど、
恋の話で盛り上がってたり。
ドラマを観ていると、
昔ああだったな、とか
わかる、わかるよ、その世界、みたいな。
でも、
懐かしいわけじゃないんだよね。
全然懐かしくないの。これが。
もう興味なくなった、
卒業しちゃった世界な話の感じがする。

私が枯れちゃったからではなく、
もう、そういうのじゃ楽しくない。
楽しめない。物足りない。
そう、物足りない。

きっと、今が
すごく幸せだから、
なのだ。

あの頃は、
すごくいろんな世界を知っていて
流行や最先端に生きていた。
と、思ってたんだけど、
違ってた。

面白くて、手応えある人生。エキサイティングでドラマチックな毎日、
と、思ってたんだけど、
今、思えば
どうってことない。
たいしたことない。

スケールの小さな世界で、
ぐるぐるまわって生きていただけ。
そんな気がする。
かなり ちっぽけだったと思う。

ときめく恋とか、
当時はすごく人生の重要事項と思ったんだけど、
小さい小さい。
あんなのたいしたことない、どうでもいいことだった。

もっと本当にスケールの大きな世界、
もっと本当にスケールが大きな、
本物の愛。真実の唯一の存在、に出会ったら
全部簡単に吹っ飛んで消えちゃう。

業界とか流行とか仕事とか遊びとかも、
それが重要に思えるのは、
本当の「人生の目的」に出会ってないから。

価値観が大きく変わること、
それが成長の証。

今がいちばん幸せ
と思える幸せ。

唯一無二の愛と、飽きることない本当の人生の目的。
自分より大事な存在。
本当の揺るぎない居場所。
すべてを私は手に入れた。
最高に幸せ。

最高の幸せを
私に与えてくれた
私に教えてくれた
私を導いてくれた
私に気付かせてくれた

まあちゃん
ありがとうキラキラ
Googleで、今の気持を単語にしてキーワード検索したら、
ニートに関するページが出てきた。

ニートの定義を、私は、自分の本当にしたいことがまだ見つからない人、と思っていた。
私は親と実家で同居でもいいと思う。
一人暮らしが美徳なんてナンセンス。
いつまでも同居してあげることも、親孝行のひとつ。
親に生き甲斐を与えていることにもなる。
まあ、これは人にもよりますが…
私なら嬉しい。
自分の息子には、35歳まで可能性を探しチャレンジ続けなさい。
と笑顔で言ってあげると思うよ。

自分を振り返ってみて……

ニートみたいなもの。
今でも、きっと。
でも、他人はそうは思ってないんだろうなあ。
もし私にニートの年下友人がいたなら、
こう言ってあげたい。

自分が本当にしたいことがわかるのは、
40代になってからだよ。
死ぬまでわからない人、見つからなかった人、が大半なんだよ。
人生の目的や意義を
見つけて
果たすためではなく、
人生の中で出会った中からモアベターを選択して、
そこそこの喜びで
平和に普通に暮らしている
そんな人たちが大半なんだよ。
だから、
可能性や目的を求める
その心があるだけで、
その生き方は素晴らしい。
願いは、必ず叶う。
ただ少し時間がかかるだけ。
本当だよ。

願いを見つけたら
願いを叶えるための
方法を見つけて
実行すればいい。
願いを叶えるための方法は
ひとつじゃない。
正しい答えは100通りある。
方法を考えるのが楽しい。
上手くいかないときは、別の方法を。
ダメなら、また別の方法を。
そうやって考え続けている時間が楽しい。
どんどんダメが続けば、
それは実現するための
ベストの方法が
だんだんと
絞り込まれてきた
ということ。
選択肢の可能性は無限にあるから
嬉しいことなんだよ。
願いが実現する未来に
だんだん近付いてる
ということ。

自分が本当にしたいこと、
自分の本当の居場所も、
こうして見つかるよ。
思いつくままに
人生の出会いのままに
何でも
自由に
どんどん
たくさん試すといいよ。
ずっと書かないでいたことが
どんな意味を持つのだろうか。

書きたい気持が 沸き起こる
それを知っている。
今また実感しています。

書きたいテーマも 決まった。
でも、まだ書きたいと思えない。
書きたいのに、書きたくない。
いや、違う。
書きたいけど、まだ気分じゃない。

だから、しばらくはブログを書いてみよう。
徒然なるままに……

ということで、いろんなことを、感じるままに。
思いつくままに…
自由に
無責任に。