視 界 良 好 -23ページ目

JINS PC カスタム(度付き)




TOEIC 605点ホルダーの閑話


先日店で注文しておいた

例のJINS! PC カスタムの眼鏡ができますた~


予定の2WEEK仕上がりが1WEEK。


予想していたものより着色はごく薄い茶。

視界は一気に暖色系の世界に。


サングラス的な質感がしません。普通の眼鏡感覚です。


PCを使わなくても照明に寒色系の蛍光灯を使っている現場では、

目にやさしくなります。


果たしてこれが疲れ目にどれだけ効果があるかは、

これから実際に使用してからですが、


今のところ・・・好印象、れす。 (^∇^)


***


このところ

PCレンズが多くの人に認知されるようになったおかげで、

職場や窓口業務に携わる業種でも、

以前に比べれば違和感なく、

理解されやすい環境となった感じがします。


***


ライバルのZoff PCは、

JINSよりも少し濃い色つきタイプと、

透明なクリアタイプの二種類。


***


PC眼鏡は、

通常の度数よりもかなりの弱め設定します。

長時間画面を見つめ続けるため、

視力調整を軽減する役割レベルが基準です。


まばたきの回数が少なくなることから、

角膜が乾燥しドライアイとならないように、

目を保護するフレームを併用するケースが見られます。

ひとつは目の周りを花粉眼鏡のように囲ってしまうもの。

もうひとつはフレーム構造内に保湿成分を蓄えるもの。


***


陰極管からLEDに変わったデバイスを使う機会が多くなりました。

これらは従来よりも強いエネルギーを持つ

ブルーライトを多く発光してきます。


こうなったら、

出来るところから目のダメージ対策するしかない。


・屋内はPC眼鏡

・屋外は偏光サングラス


***


あれだけ警告したのに、

いい加減な減光眼鏡で

先日の金環日食を観測し

具合を悪くした人が何人か出ましたね。


ダ~カ~ラ、イッタジャナイノ~


あれは極端としても、

目を悪くしてからじゃ、もう遅い! 直らない!


シームレスな自分の未来


TOEIC 605点ホルダーの閑話


師岡熊野神社前の弁天池「い」の池


TOEIC 605点ホルダーの閑話

ずっと曇りに沈んでいた池に

軽やかな鈴の音が響く。


池全体を被う木々のすき間がにわかに明るくなって

日差しが池の岩場を照らしていた。


下川 : 「(神様が)おりてこられましたよ」


あちこちで池の中の亀たちが中央に集まる。

やがて浮かんだまま水面から

首を最大限に突き出して上を見上げていた。


***


画用紙の中央に書かれた

果てしなく長~いひとつの


それはこれから自分が歩む未来


その道の一番手前に今自分が立つ。


自分の存在は三次元から四次元へ。


そこは時間軸が捩れ、

まるで現在と未来が一緒になったかのよう。


物や景色が、

なんの脈絡なく道の周りにころがっている。


***


ワーク開始すると

邪念を振り払うかのように

ことさら日差しが強烈に降り注いてきた。


「あつくなるかな」 


こんな邪念さえいつの間にかどーでもよくなってくる。


このワークはアマテラス様も監修。

まぶしい画用紙の中へ皆が自分の未来のタイムスリップ


「目がくらむ~」


またもや邪念、

いやいや、それよりも自分の未来が見たい・・・


***



意識は身体の足元の地面から下に突き向け、

深い地球の中心へ突き進んでいく。

頭の上からもニョキニョキ伸び、

大気を抜けて漆黒の宇宙空間へ。


上と下に長大に伸びた意識。

天と地の暖かいぬくもりに触れると、不安を忘れた。


意識に個のこだわりが少なくなってきて、

さまざまな社会の出来事の願いが、

心の中に浮かびあがってくる。


意識がスゥーと人類・全生物へと広がると、

すべてワンネスの意識体に融合してしまいそうだ。

底知れないその広がり方は畏怖に近い。


***


画用紙に引かれたはるかな道のりに、

今世という期限はどこにも見えなかった。


シームレス、な~んか分かる気がする。


どこまで先へ行ってもいつも自分は永遠に現在に生きている。

何十年何百年たっても、自分は歩き続ける。


道のはるかむこうにあるほんの一点を、

スポットライトが明るく照らしている。

ひとつの目印。

横にベンチ。


さりげない私の高次的存在の心使い。


あそこに行ったなら、

軌跡をふりかえってみようかなって、

その時期が86年後 !?、

あたいはそんときどうなってんの~?

気になる~~~


TOEIC 605点ホルダーの閑話


耳を澄ませば、ずっと昔から

今日も天気は不安定。

その合間に、この前発見した弁天様へ出かけた。


ちゃりんこ転がして例の弁天池下のバス停から小道へ入ったところで、

ふと、弁天池下という地名の歴史を知りたくなった。


自転車を降りて、

ちょうど民家の庭先で作業している年配の女性に声をかける。


その方はずっとそこに住んでいて、

しかし弁天池下の地名にはほとんど親近感を持っていない。

ただ例の弁天様の社はご存知で、

まだ小さい頃に一度行った事があるという。


ただその程度で、その社を誰が管理しているかまでは知らなかった。


あんまり人が行かないところで、

この前までは人が立ち入らないように、ロープが張ってあったことは、

私も先日聞いていたし、

小学生の遊び場から隔離されている為だと思ってた。


***


そこで数年前に自殺があった........
神所で・・・・・・・ナゼ?


***


「なんか行きにくくなっちゃったなぁ~」


おばさんにそういって別れ、

戻って自転車に乗ろうとすると妙な異音



SHUUUUU~


んんんん?


なんとタイヤのバルブが吹っ飛んで

空気が漏れている・・・・真っ最中。


ありゃ~  ヽ((◎д◎ ))ゝ


まぎれもない、

お知らせでしょ~これ。


今は踏みべきでないと誰かが教えてくれた。


そんなら、

これからは他に二社ある弁天様から

ここは遥拝していくことにしよー。


***


とぼとぼと自転車を押しての帰り道、

途中自転車屋さんに寄ってタイヤを直してもらった。


「助かりました。ありがとうございます。」


お代を聞くと交換したバルブ代、なんと100円という。


「ひゃくぅえん!?」


それって私が社修繕費用の足しにと念じながら、

神社参拝したときのいつものお賽銭と同じじゃないの。


お気持ちは受け取りましたよという

弁天様からのやさしい気づきのメッセージ?


行けなかったのに・・・

弁天様こそお辛いに違いないのに・・・


***


今まで気を払わなかっただけで、

気づいてみると誰にだって

神はずっと話しかけてくれていたのかもしれない。



水つなぎ


TOEIC 605点ホルダーの閑話


布施弁天の空海様と大日堂。

久しぶりに参拝をしました。


大日様には、

富士山の小富士、箱根元宮の駒形神社、深川不動尊、以来。


TOEIC 605点ホルダーの閑話
先日の金環日食の時に「日月神示」が気になっていたので、

台方・船形の麻賀田神社へもあわせて参拝。


いただいたお水は今日、

産土神社と地元の神社にお繋ぎ。


どうも、お水をただ撒くのではなく、

どこどこの神様と、こちらの神様、

どうぞおつながり下さい、というと

動きがでるんだろうか?


下川さんのときはいつも撒いた瞬間だったけど・・・


お水は麻賀田神社境内の天之日津久神社にも

気を込めていただきました。


「天之日津久神社と申しても一柱ではないぞ、

臣民(人間)のお役所のようなものと心得よ」 (日月神示)


国常立大神素盞鳴大神の他、

神霊団から日月神示は伝達されたというから、

もしお水に気を込めていただいたとすると、

繋がれた神々はいっきに領域が広がったかもしれない。


それはそうと・・・


神は完全な存在だから何も不足はない、としても、

人が功徳を求めて遠くの神様を地元に勧請しておきながら、

いつしか人々から忘れらされたような状態になっていることがある。


私の町の弁天様も藪深い山にポツンと祠が立っていて、

水辺には野草が咲いている。


気づかれないところで

人々は様々にお導きをいただいているに違いないのに、

そんなお祀りの様はホントにさびしい。


目の大きなお姫様ような弁天様のことを思うと、

あんまりだと思う。


水繋ぎは地元の活気のためじゃない。

ただ神様への感謝の気持ち。


例えば毎日使いつづけている大量のきれいなお水。

その恩恵を私は断水騒ぎしてはじめて気づかされ、

心改めて感謝するようになった。


予備の水のペットボトルをあわてて箱で買い込み、

それが断水から得た教訓のつもりでいる人いない?


それだけ・・・ですかぁ?


TOEIC 605点ホルダーの閑話

誰かが、私の名を呼ぶ



TOEIC 605点ホルダーの閑話


神様に会いに行こう!パワースポットで大開運
パワースポットマイスター Kei
2012年05月28日(月) 熊野神示 (2012年)  

http://secret.ameba.jp/a0369/amemberentry-11184273684.html


***


「信じる信じないではない・・・」 (5/10)


先日私の頭にひらめいたこの言葉を

当時は問いの「答え」だと思っていたけれど、

それ自体に「問い」を含んでいるとは考え及ばなかった。


私はKeiさんのこの熊野神示を呼んで

再び霧が晴れた気分。


転ずれば、自分の浅はかさ加減を思い知った。


「信念とは育てるもので、
自分に言い聞かせて設定するものじゃない。」


私はそう言ったけれど、

しかしその信心の礎は、


困難を数多く乗り越えていく経験とともに「覚醒される」ということ。


困難には「成長と発展を促す神仏の大愛があり
御魂が求める覚醒の天機がある」
のだから、


「困難を 悩みや苦悩不幸や不運と受け取るなかれ」

「汝らの成長の糧であり 信仰を本物にする一生の宝なるぞ」


「小さき事で思い煩(わずら)うなかれ
大いなる心で常に生き 天下国家を思い論ずる人であれ」


勇気がわいてきませんか。



このKeiさんの熊野神示はアメンバー限定記事です。



***


今日拾い寝してまどろんでいたら、

家の中で私を呼ぶ声。


ん?


なんだろと起きて探してみれど声の主はなし。

それにさっきは聞き覚えの無い明るい女性の声。


???



6月3日は横浜の師岡熊野神社へ行ってきます。