夕食中、
[お]のつく言葉を出し合い
親子で地味に盛り上がりました。
お顔、お耳、お目目、お口、
お茶碗、お箸、お味噌汁、お漬物
おみかん、お蕎麦、お洗濯......ナドナド
D「おフルーツ、おスイカ、おメロンwww」
P「カタカナに[お]はつかないよw
おソースとおビールくらいかな」
D「お大根、お人参、お小松菜www」
P「お大根だけ使うw」
子どもの口から発せられる
[お]のつく丁寧な言葉に
昔から激しく萌えます。
悶えまくります。
悶え度ナンバーワンは、
甥がちーちゃい頃に言っていた
『お寝巻き』
.....です。
▼▼▼
息子にも甥のように
「お寝巻き」
と言わせているのですが、
息子は親と違って
何気に丁寧な言葉を話します。
「お洗濯物畳んだよ〜」
「お風呂上がったよ〜」
「お布団敷いたよ〜」
「ダメよ〜」
「ひどいわ〜」
「大好きよ」
「可愛いわ」
「美味しいわ」
[お]つき言葉だけでなく
語尾も女性らしいのですが
丁寧でやさしい言葉は、
いつまでも
場が和んでいて柔らかいです。
Amazonプライムで
『一休さん』を流して
息子も喜んで観ているのですが、
登場人物のみなさんが皆、
話し言葉がとっても丁寧です。
わたしも一休さんに影響を受けて
咎めのシーンのときに特に
丁寧な言葉を使うようにしています。
「およしなさい」
「おやめなさい」
「お静かに」
「嘘おっしゃい!」
「いけませんよ」
「なりませんよ」
.....こんな感じです。
元々がガサツなので、
なかなか身につきませんけども
「うるさい!!」
と言われるよりも
「お静かに願います」
と言われた方が
気持ちいいみたいです。
彼は小学5年生なのですが、
いまだに母にべったりでして
抱っこ要求と後追いが
赤ちゃん並みに激しいです。
抱っこしながら
髪の毛クリクリされて
チューされまくるのを
しばらく耐えたら
P「あと10秒ね」
と、
あと10秒たったら離れてくれ合図をして
10秒数えます。
それでも離れていかないトキに
「もうおよしなさい」
をぶち込む。
「もうヤメて!離れてくれ!」
と言うよりも
素直に離れてくれる気がします。
それにしても
小学5年生男児...
こんなものなのでしょうかね。
人懐っこすぎる超大型犬と
一緒に暮らしている気分です。
心が乱れているな、
と感じたならば
少しでも丁寧に言葉を発するようにしたら
結果、心が調ってくる
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前記事の【全肯定】は、
『善悪の物差し』を持ち出しての肯定(善)
ではない、ということを
改めてお伝えしたいです。
善い悪いという二元的なステージを超えた
全肯定。
なにを想ってもイイ
なにを感じてもイイ
なにも問題ない
どちらでも構わない
という
ニュートラルな域のことです。
あるがまま、
そのままを認める
認識、受容。
って感じ。
発する言葉だと
- そうなんだ〜
- そう思った(感じた)んだね〜
- なるほど〜
- ヘぇ〜
- うんうん(頷き)
って感じ。
そこに善いも悪いもなく、
そう想ったのならそれでイイ
それが起きたのならそれでイイ
『これでイイのだ』は、
善悪の「善い」ではなく、
『そうである』
と認めて(認識)受け入れた(受容)
『これでイイのだ』
....です。
嫌いなものを無理やり好きになって
「これでいい」「これは完璧」
とするのが全肯定ではない
ということをお伝えしたいです。
自分の『嫌い』という想いを
抑え込んでいる(否定)からです。
「イヤだ」「不快だ」という闇を
受け入れるのが難しい場合は、
それに『気づく』ことから....
▼▼▼
自分のことも他人のことも
状況も環境も全て!!
「ありのままを受け入れましょう」
とか、
誰かに言われたりしたら
はぁ〜?
となってしまうわたしには、
受け入れて、流す
...という
ムーディー勝山風に行き着き、
その『受け入れ流す』にも
激しく抵抗が出たことがあったので、
ただ『気づく』『認識する』
にたどり着いた次第です。
_________________________
ふたりっきりの
ちーちゃい空間で交わす言葉が
一休さんの世界のように
やさしく丁寧な言葉であふれていると
自然と場が調い、
ほっこりエネルギーが充満するので、
自動的に【全肯定】への流れに
無理なく進んでいる気がいたします。
日本語は美しいですね。
大切にしたいです。
お寝巻き着て、
ゆっくり休むとしますか。
慌てない....あわてな〜い
一休み、一休み♪
今日は以上です。
ありがとうございました。
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