ある日のこと、
夕食後に各々自由に好きなことをやって
リビングで寛いでいると、
外から女の子の
声が聞こえてきました。
「ママ!ママ---!!笑って!笑って!!
笑ってよ----------!!!!!!!」
我々親子もその声に反応し、
お互い目と目を合わせて
ニコっと微笑み合ってしまいました。
P「子どもってお母さんに
『笑って!笑って!!』って
よく言うよね〜〜〜」
D「うん。だって、予約....
『再生リスト』だよ。」
P「予約?『再生リスト』?
あ〜ぁ...プレイリストね。
YouTubeの『キューに追加』だね。」
D「『キューに追加』?
ダイヤくん知らない。
『再生リスト』のこと?」
P「そうそう」
(※『キューに追加』
『再生リスト』とは、
簡易的なプレイリスト機能。
観たい動画を追加しておけば
連続で観ることができる。)
D「次の動画は『笑える動画』だよ。
[いま]笑ったら(再生リストに追加される)
次に笑顔の動画が流れるから
「笑って!!」って言ってるんだよ。」
P「笑顔の視聴予約的な?」
D「そうそう。
なにに怒っているか知らないけど、
[いま]ニコって笑ったら(再生リストに追加)
次に笑顔の動画が来るでしょ?
怒ってる動画はもうそこで終わり。」
P「怒っていてもニコってすれば
一瞬先の.....次の
『幸せ』の予約ができるってことだね。」
D「そうだよ。怒ってたら
ずっとずっと『怖い動画』を観続ける。」
子どもは自分のために
「ママ笑って!!」
と言っているのではないかもしれない。
お母さんは、
[いま]怖い動画を観ている。
このまま
怖い動画を観続けるお母さんを
救いたくて、
「ママ!笑って!!」(視聴予約セット)
ママに『幸せ動画』を観て欲しい、
と願って
「笑って!」
と言っているのかもしれない。
目の前にやってきた現象に対し
お馴染みのリアクションを
取ることが当たり前となって
長年それが染み付いていますが、
過去記事でも
何度か触れているように
な、なんと!!
目の前の現象は『過去映像』
なんですよね。
現実は、
まさにYouTube動画のように
もうすでに出来上がった映像。
それに対する『リアクション』が
再生リストに追加され、
次へ次へ.....と
自分の世界の映像を流すことになる。
▼▼▼
起きたデキゴトは、
もう過去であるのだから
善悪の判断をせず、
抵抗せずに受け入れる。
なにが起ころうと気にしてらんねぇ〜〜!!
終わった(過去)ことは、もうおしまい!!
さぁ!次!!次!!
『今』この瞬間から世界を創っていこう♪
これから創る世界は、
無限∞なので
『今』次第でどうとでもなる。
『今』この瞬間、
『今』に抵抗せず、闘わなければ
激しく抵抗したくなるような現象は
起こらないし
闘わねばならない現象も起こらない。
この世界は
己のリアクション(反応)によって
ドラマの世界が
ホンモノの世界だと確立させ
その世界へどっぷりと入り込みます。
(舞台に上り込む)
己のリアクションが
ドラマの世界に
自分でリアリティを与えるんですね。
隣で寝ているヒトが
ウンウンうなされていて
あまりにも苦しそうにしていたら、
名前を呼んで
カラダをトントン叩いて
こちらの世界へ
呼び戻そうとしますよね。
「夢だよ。大丈夫だよ。」
って。
子どもの
「ママ!笑って!」
....は、
「ママ、起きて!!
夢だよ!夢だから大丈夫だよ。
怖くないよ、大丈夫だよ」
と同義なのかもしれない。
ドラマに入り込んでるよ。
気づいて!!起きて!!
ほら、笑って!!
怖い映像は終わりにして
幸せな映像を観て!!
......と。
__________
【笑い】が大切なことはわかっている。
笑い飛ばすことが
問題を問題としないこともわかる。
だけど、
とてもじゃないけど
そんな気分になれないくらい苦しい
ということだってある。
どう足掻いても
ここからは出られない。
笑うことなんてできない。
苦しい....苦しい....苦しい......
そう思うときだってありますよね。
ですが、
感情や気分なんてモンは
風に乗って飛んでくる
タンポポの綿毛みたいなもので
さっきまで泣いていたけど、
すぐに笑って、
また怒って泣いて....喜んで
.....というように、
目の前をふわふわと風に乗って
常に変化し通り過ぎるものです。
「笑えない」状態であっても
それは過ぎ去るものなので、
一瞬先の視聴予約をしたって
いいはずです。
ちょっぴり口角を上げてみる。
(予約完了)
出口が見えない。
どう足掻いたって
ここから抜け出せない!!
この塀を越えて
向こう側へ行きたいのに
どうしたらいいのかわからない。
こんなとき、
ドラマに入り込んで
夢の中でウンウン唸って
うなされている状態なので、
「笑って!!」
自分で視聴予約をするのだ。
すると、
目の前の塀はどこまでも続いているから
超えることはできない
と思い込んでいたけれど、
次の映像で
カメラがズームバックした映像が
流れたので、
塀は途中で切れていることに気づいた。
ちょこっと右に歩けば、
向こう側へ行けることに気づく
.....みたいな感じです。
本当は、
ドラマの中に入り込んで
ウンウン唸ろうが、
塀から出たいのに出られない!!
と嘆こうが、
泣いて笑って怒って泣いて
失敗して成功して
落ち込んだり喜んだり....
七転八倒、繰り返そうが、
すべては、
神の手の中で護られているので
安心して
絶望していいし、
安心して
リラックスしてもいい。
なにがあっても
誰ひとりとして、
神の手の中から
外れることがないのだからね。
今日は以上です。
ありがとうございました。
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