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ピア精神保健福祉士として

ADHD(発達障害の一種)の当事者であり、精神保健福祉士でもあります。当事者性を持つ専門職として、そして、専門性を持つ当事者として、「当事者」と「専門職」の架け橋になっていきたいと思います。

私の電車にまつわるエピソードをお伝えし、リカバリー過程について考察したいと思います。
ただし、この問題については、まだリカバリー途上であり、課題も残っているので最後には現状の課題を記載したいと思います。


【エピソード】

発達障害による感覚過敏の影響だとは思いますが、私が生活上で一番障害に感じることは「乗り物」です。
 

特に満員電車や長距離の移動には人一倍弱いです。
 

前職で片道1時間半くらいかけて通勤していたこともあって、最初のうちは平気だったのですが、電車で感じる音・臭い・光、あらゆる刺激が辛くなってきて、それに我慢し続けていたら、電車の中で息苦しくなったり、喉元が痛くなったり、気持ち悪くなったり、頭が痛くなったりといった身体症状が出てきました。
 

そうした症状がだんだんひどくなり、しまいには電車を見ただけで怖くなったり、気持ち悪くなるようになりました。
 

まさに、「パニック発作」のような症状でした。


ただし、ADHDの薬(=コンサータ)を服用すると、一時的に感覚過敏が緩和されて電車に乗れることもありましたが、薬が切れた後の倦怠感や身体の痛みが半端なく、ずっと服用し続けられるものではありませんでした。(私の場合はですが)
 

このような状況により、このままでは「パニック障害」を発症しそうだと思い、なけなしの貯金を叩いて引っ越しをしました。
 

それが今の家です。

 

引っ越した後もしばらく、長時間電車に乗ることは怖く、例えば調布に行くときも、近くに住んでいる知人と時間を合わして一緒に行ったこともありました。

そして、特に引っ越してきた当初は、よほど雨ではない限り、自転車で40分位かけて通勤してました。

 

さらに、大阪に帰省しようとして休みを取ったにも関わらず、いざとなったら新幹線に乗ることに強い不安を感じ、帰省を断念したこともありました。
(このとき職場には、風邪ひいて熱が出たと嘘をつきました。)

 

時間が経つにつれ、「乗り物」への恐怖心は薄れ、最近では日野や調布まで足を延ばせるようになりました。

【リカバリー過程を振り返る】

電車恐怖から、日野や調布まで1人でも行けるようになった過程を振り返ってみようと思います。
私がここまでリカバリーできた要因として、以下の様なことが頭に浮かびました。

①思い切って家を引っ越した。しばらくの間、満員電車に乗ることは避けて、自転車での移動を中心にした。


②調子が悪いときは、調布まで近所に住んでいる知人と一緒に移動をした。(知人も調布に行く用事があったので)

 

③①により、引越し前より仕事や勉強が捗るようになり、良い方向に進み始めた。その結果、資格試験にも合格できたり、ハードな仕事もこなせるようになった。そして、自己肯定感が上がって、様々なことに対して、以前ほど不安や恐怖を感じることがなくなった。

④③により、電車に対する恐怖心が以前よりは落ち着いて、徐々に乗れるようになってきた。

「電車に乗っても大丈夫だった」という経験をすることにより、少しずつ電車に対する恐怖心がなくなってきた。

 

⑤「こういう体調のときは電車で具合悪くなりそうだ。」というのが自分でわかってきた。
特に、自律神経失調の症状(身体症状)が出ているときは、電車は避けるのが吉だと気づいた。

 

【現状の課題】
①新幹線で大阪に行くなど遠出のときは、万全を期さないと電車に乗れない。
少しでも体調に不安があると、電車が怖くなる。

②そもそもADHDの主症状で、荷造りや旅行の準備が大の苦手。
出かける前に準備でパニックになって具合が悪くなり、結果的に出発が1日遅れることが多い。
(これは、コンサータで防げるかもしれないけれど、旅先での反動が怖い。)

③①と②の理由から、今も予定変更(=ドタキャン)がきく自由席しか乗れない。予約は怖くてできない。

 

④「逆戻り」が怖くて、乗り物に関して無理をするのが怖い。また以前のように乗り物の中でパニック発作みたいなのを起こして、乗り物に対する恐怖心が蘇ること自体が怖くて不安。
 

私の場合は、「乗り物」が最も「障害」を感じるところであり、乗り物のことで予定がくるう度に「障害」を感じて悲しくなりますが、悲しんでばかりいても仕方ないですよね。
 

できないことを嘆くより、できることを頑張っていきたいと思います。

そして、日野や調布まで行けるようになったのは一つの事実ですので、逆戻りは怖いですが、リカバリーを信じていきたいと思います。

昨日、第2回 IPSピアスペシャリスト協働学習会にて、「ピアスタッフの仕事」と題してプレゼンをさせていただきました。

 

おかげ様で、人前で情報発信する機会が増えてきているので、少しずつではありますが、上達していることは自分でも感じます。

 

しかし、そうはいっても、まだ数えるほどしか人前でプレゼンしたことがなくて、内容そのものよりも話し方や時間配分についての反省点が多いです。

 

人前で話すこと自体は、前々職である教員時代にも行っていたのですが、それとパワーポイントを使ってのプレゼンはまた一味違うと感じています。

 

私はピア精神保健福祉士の仕事を始めるまで、ずっとクローズ就労でした。

 

そのため、人前で発達障害のことを発信することは避けてきました。

 

だから、まだ数えるほどしか人前で情報発信することを行っていません。

 

プレゼンについては場数も必要なので、まずは情報発信の機会を創出していくことが今度の課題であると感じました。

当事者会にて、ある「ビジネス文書」が必要になったので作成いたしました。

 

いくつかのフォーマットを探して、それらを組み合わせて、アレンジして形にしました。

 

あとはレビューしていただくのみです。

 

当事者会の参加費を少しでも安くするために、経費削減のため、できることは自分たちで行っています。

 

当日の会の運営はもちろんのこと、会則作成(NPOなどの定款も参考にしました)、Webサイト作成と管理、ロゴ作成、名刺作成、会計、開催場所の確保、講演活動、営業活動、ネットワーク構築活動、そして、今回のように必要に応じてビジネス文書を作成するなど、行っていることは実に幅広いです。

 

将来的には助成金を獲得することも視野に入れていますが、そうしたら、今以上に事務作業が増えることが予想されます。

 

しかしその分、当事者会運営を通じて、社会人として必要なスキルが身につきました。

 

当事者会フォーラムのときも発言させていただきましたが、私の場合は自律神経失調症によって新人研修の機会喪失したけれど、当事者会運営によって、それが補完された部分もあると思います。

 

当事者会の運営は神経をすり減らしたり、疲弊することも多いですが、身についたことも多いなとつくづく感じました。