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メランコリック2006

伝えたいと思ったり
そばにいたいと思ったり

なんかそう思えるようになったことだけでも
上がってきているようにおもったり。

きれいだなあと思うことや、
くやしいと思ったこと、ちくしょーとか、
いっぱい息をすったとか、ふうーっと。
体温を感じたこととか。匂い。笑った顔。


ともだち以下もともだち以上も


関係を急がない
人や猫や犬や
愛してやまない街


友情とも愛情とも似つかない
長靴に似た、奥深い感情を
ふうっと息をついて
ぐうっと言葉にせず胸にしまう。




もう、すべてが永遠じゃなくても、
もう、いいんだって思えるよ。





プイプイと口内炎

くるはずのものがこない。

いえ、そちらはおかげさまで。

仕事です。その話を聞いたときから、頭を悩ませていた案件。
どうかんがえても今のわたしにはできない。
が、なぜか、なぜかーーー!
相手がわたしを指名してきたんである。
そのために、仕事を外注にまわしまくって、スケジュールを調整してもらっていたのである。

が、今週きょうになってもオリエンがこない。

先週の医者でストレス検査をするための痛くてたかーい注射を打たれたショックと、強い薬、口内炎、などなど、ものすごく体も不安定だった。心もゆれゆれ。
皮膚が痒くなるのでお酒もやめておこうと思ったが、友人の顔が見たくなって、仕事がおわったあと飲みに行ってしまった。

みんなが帰ったあと、ひさしぶりにスペシャルでパワフルな人にであった。
こういう目をした人、過去に何人も見てきた。
強烈なオーラ。思わずぞくっとしてしまった。
ということで、簡単に気分はあがり、久しぶりに明るい気持ちで帰ってこれた。

しばらくはあの人の言動を思い出しながら、すごそう。

変われるって、ざんこく。

薬をのみはじめたら、とにかく眠い・・・・。
顔にも吹き出物が。あらいやだ。やめちゃおう。

酒なんてのめないのに、毎週飲み歩いている。
人が集まる場所が好きなので、もうちょっとしたらまたイベントにも顔出したりしたいなあ。

いろんな友達に「だいじょうぶう?」といわれる。
顔が真っ白らしいんだ。わかる。元気だよ。そんなにたいしたことじゃないんだ。
でも、うんだいじょうぶといえない。
そんな自分をしょぼいと思いつつ。
果たしてどこまでが自分の限界なんだろう。

糸井重里さんの「海馬」を読んでいる。脳の話。
糸井さんて、「世の中の価値観で○にみえてた商品を、△にもみえるんだよー」というあたらしい価値をお茶の間にぽこっと置いてあげる、広告の考えかたをそのまま仕事にしちゃってる人なんだよな。
しんどくないのかなー、元来アイデアマンではない私には思える。

池谷さんという研究員と対談してるんだけど、脳(海馬)のしくみにもびっくりだが、糸井さんが普段こういうものの考えかたをしてるんだ、っていうのが随所にみられるのがおもしろい。

海馬にあたらしい刺激を与えていかないと、どんどん退化しちゃうんですよー、って話なんだけど、なんとなく、私がとにかく刺激がない生活がこわい、ほんとは家で寝ていたほうがすきなのにがんばって外でふらふらしている理由、みたいなことが少しわかったような気がする。

あたらしいことは緊張して、どきどきする。
緊張がにがて。プレッシャーに潰される。

なんで私はここまでしてやっているんだろうと思うことが多々ある。
なんで?なんでなのか??


最高に個性的な前の職場の上司と食事をした。
来週、彼女は日本を離れてしまう。
日本人離れした考え方をする人で、自由そうにみえて不自由な思考にいつも自分自身が苦しんでいた私のことを、部下として、妹として、友達として、いろんな目で3年間、ずうっと目をそらさずに見てきてくれていた。
べたべたした付き合いはしていないから、このまま日本にいたって、会うのは年に数回だったろう。
でも、日本に彼女の存在がないことが切ない。

たくさんの人に出会って、たくさんの人と別れた。
自分でそうしたいから、そうしてきた。去られた人も、たくさんいた。

そういう日々を経て今、自分のまわりにいてくれる人たちへの存在のありがたさを感じる。


「そういう人たちへの感謝は表現になるわけもなく、感謝の言葉もみつからないけれど、その人たちは一生、自分のなかに生き続け、その人たちを想い続けると思います。」

コーチのさるのキーホルダーとともに渡された手紙を見て、
心から「ここにいてほしい」と思った。
わたしはいつでも、他人への気持ちをわすれてきてしまう。

いったいいくつ、こんな想いを繰り返すことになるのだろう。

「これ、あんたが書くさるにそっくり!!!」
絶対手放さない、と思った。