80年前の今頃、中国大陸では日本軍の侵略が進み、日本軍に抗戦する為、

中国の国民政府と 中国共産党は共闘態勢の構築を進めていた。
  それが「第二次国・共合作」である。

 第二次国・共合作は1937年9月22日から23日にかけて、中共が一致結束して

抗日戦を戦う為に国民政府軍の指揮下に入る旨の宣言文を国民政府宛に発信し、

蒋介石がこれを受け入れる談話を発表しつつ全党派と中国国民に呼びかける形で

正式に成立した。

  ほぼ同時期、中国側の第二次国・共合作の動きと前後するように、日本国内では、

不拡大派の中心人物とされる石原作戦部長(陸軍)が失脚して、日中戦争の長期化が

避けられない情勢になった。
  この頃の日本側の歴史資料を見ても、口先だけが勇ましい強硬派の空威張りや、

現地情勢を知らない右翼の煽り行為や右傾化世論の影響などで、軍部の暴走が

止まらなくなっている状況が伝わってくる内容の記事が多く散見される。

  この歴史事実から学ぶことがあるとすれば、それは「日本の軍国主義のように、

声や態度が大きい強硬派に引きずられる右傾化」には特に注意・警戒が必要だ、

ということだろう。

 

  声や態度が大きい強硬派とは、個人や団体に限らない。

 日本の右派系メディアや公共放送を私物化する右派勢力の脅迫・強要が背景にあるよう

な「宣伝文句・排外主義的常套句」も声や態度が大きい強硬派という文言には含まれる。

 たとえば、『海洋進出の動きを強める▲国を念頭に~』などの洗脳的な刷り込みも、

「声や態度が大きい強硬派」に含まれる概念と言えるだろう。