日中戦争の歴史検証から見えてきた日本の右傾化パターン
1937年(昭和12年)7月、盧溝橋事件発生直後には、
停戦協定交渉も可能と思われていた。
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しかし、日本国内世論の右傾化により、議論は強硬態度への
国論統一に偏りがちだった。
政府の誘導で「暴支膺懲熱」の国民世論が高まり、大陸への
派兵支持が大勢だった為、日本政府はたいした抵抗も無く戦争を
拡大するようになった。
以上の歴史事実の検証結果から考えても、日中戦争拡大と軍国主義に
日本が突き進んだ直接の原因は、日本の右傾化であり、右傾化世論に
便乗した政府の姿勢にあった。
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現代でも「教育勅語を政府が再度教材として使用する動き」が報じられて
世論の反響を呼んでいるが、極右や保守強硬派などと呼ばれる右派による
軍国主義賛美が公然と叫ばれるようになった現在の日本の世論は、かなり
危険な右傾化段階に来ていると言わざるを得ないだろう。
簡単に言うとすれば「その場の空気に流された右傾化」は大変危険である。