ねぇ!いいでしょう〜。
子供たちが小学生の頃よくせがまれた。
自分はいいのだが
嫁も同居の母も大反対。
嫁は自分が小学生の頃飼っていた犬が
目の前で車にひかれて死んでしまったのが
トラウマになっているらしい。
母はどうせ親が世話することになるんだから
ペットが可哀想だという。
僕は今までに何度か犬を飼ったことがある。
僕がまだ物心がつく前に一度と
中学の時だった。
母に聞いた話だと
僕が幼い頃のある日のこと
ごはんの時間になっても
姿が見えない僕を探していた。
pecobro〜〜!
その声に反応した自分が
犬小屋からヒョッコリ顔を出して
親をビックリさせたようだ。
犬小屋の中で
犬のごはんを食べていたらしい。
僕はかなりの犬好きだったようだ。
犬のごはんを食べている僕のヨコで
犬がウ〜ウ〜唸っていたらしい。
中学の時から飼っていた犬は
最初こそ世話をしていたのだが
そのうち世話係は母親になってしまった。
そんなことがあったもんだから
母はペットを飼うことに反対だったのだ。
最近は猫を飼ってみたいと思うものの
これまでのこと考えたら
画像だけを眺めているだけが
幸せなのかな〜?
ペットを飼っていれば
必ずその死を直視しなければいけない日が
必ずやってくるし。
そんなこと考えながらの毎日の中で
先日一冊の絵本に出会った。
「わたしのげぼく」

「わたし」というオス猫の猫目線からみた
泣き虫な飼い主の男の子との
日常と別れを描いた作品だ。
「わたし」からみたら
飼い主は「げぼく」だ。
「わたし」は賢くてカッコいいし素早いが
「げぼく」はドンくさくて泣き虫だ。
やがて別れがやってくる
18年生きた賢い「わたし」は
このあとにやってくるのが
死だということがわかっている。
死ぬとお空に行くらしいということも。
「わたし」は素早いのだ。
だから歳とるのも素早いのだ。
だから泣くな。
この物語のキーワードとして
「素早い」と「どんくさい」という単語が
散りばめられている。
「わたし」は素早いが
「げぼく」はどんくさい。
だからお前はゆっくりお空にくればいい。
遅くても
お前を嫌いになったりしないから安心すれ。
言葉は悪いが
死んでなお「げぼく」のことを
思いやる「わたし」
この絵本は
「わたし」という
言葉の悪いふてぶてしい猫が
お空から飼い主に送った
愛情たっぷりの手紙なのだ。
絵本なのでものの10分で
読み終えることができました。
もう何回も読み返してしまいました。
この絵本図書館で借りたのですが
購入しようと思ってます。
僕が飼ってた犬も
30年以上前に亡くなってしまった。
でも耳をすましてみようと思います。
僕にも「わたし」からのメッセージが
きっと届くはず。
いつか会えるね。