ピート先生のええ話辞典 | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

え〜〜〜っ!凄〜〜い!
なんでそんなことわかるの???
超能力じゃない!それって!

会社の同僚の女性が
これから起こるであろうことを
言い当てたのだ。

そしたらハ〜〜ッ何を言ってんだか!
pecobroさんがボ〜〜ッとしてるだけ!
これまでの事の流れ考えたら
誰でも予想可能なことじゃん!
こんなの超能力でもなんでもない!

そう言われても目を白黒させるだけ

そもそも女というものは
家や家族を守るというのが本能的にあるから
ちょっとした異変に敏感なだけなんだそうだ。

やれやれ男ってダメな生き物だなって思う。

僕は女性がさっぱりわからない。
嫁のこともわからない。

だがしかし女にも男がわからないってこと
きっとあるに違いない。

結局は男も女も
お互いがわからないってことじゃないか。

25年くらい前にあるコラム的なものを読んだ。
それが今の自分に大きな影響を与え
いまだに支配している。

それはThe Whoの名曲
「Substitute」を題材にしてた。
邦題は「恋のピンチ・ヒッター」

このバンドの作家でありギタリストでもある
ピート・タウンゼントは
この曲で何を伝えたかったのか?
そんなことをテーマにしてた。

よく聞く言葉で
わかってくれる人に
わかってくれればいいって表現がある。

わかるって何をわかるんだろう?

自分はこうだって思い込んでいる自分を
相手にわかってもらうってことなのか?

だがそれは本当の自分なんだろうか?

自分はこういうヤツだって思ってても
実際は違っていたりするもんだ。
それをわかってもらうってどういうことだろう?
自分はこうだって思い込んでいる自分を
相手に押しつけているだけじゃないだろうか。

僕が普段接している君。
僕は自分の中に君というイメージを勝手に作ってしまい
そのイメージの君と接しているだけで
それは本当の君ではない。

そして君は僕のことを好きだという。
でも君が愛しいるのは本当の僕じゃない。
君の中で勝手に作り上げた
僕の虚像を愛しているだけだ。

だから僕がいなくなれば
僕のピンチヒッターは
君の中でいくらでも作ることができる。

対人関係ってそういうことだ。

そして本当の自分ってなんだろう。
それさえもわからない。
自分はこうだという思い込みで
でっちあげられた自分は
本当の自分ではない。

とすれば相手と手をつなぐのに
わかり合うって行為は必要なんだろうか?

愛し合うことにわかりあうってことは必要ない。
ただ手を握り合うだけでいいんだ。
ピート・タウンゼントはこう言いたかったのだ。

そしてThe Whoというバンド名にこそ
これが象徴されいるのだろう。

The Whoは誰でもないのだ。
あなたであり僕なのかもしれない。


The Whoで「恋のピンチ・ヒッター」です。