もう30年ほどあまり聞かなくなった話がある。
昨日巨人の星のDVD見ててふと思った。
何の話かと言えば戦争の話だ。
子供のころは
祖父にふくらはぎに受けた
銃弾のあとを見せてもらったり
父や母の戦時中の話をよく聞かされたもんだ。
学校行ったら行ったで
アメリカ人に何か言われたら
リメンバー広島って言ってやれ!
なんて先生もいた。
1970年代。
終戦迎えてまだ25年から30年しかたってなかったから
生々しい記憶として
誰の記憶にも残っていたんだろうな。
巨人の星もそんな時代のアニメだ。
昨日見たのは第91話
「栄光のピッチング(沢村栄治物語)」だった。
大リーガーのオズマという選手との戦いのすえ
入院してしまった主人公の飛雄馬。
ライバルの花形や左門が
来シーズンに向けて調整を始めてるのに
自分は療養中で何もできない。
焦った飛雄馬は先生の目をかすめて
病院で軽いトレーニングはじめるのだが
巨人の大投手・沢村栄治の友人だったという
院長先生に見つかり説教される。
たった4〜5日の辛抱がなぜできない!
昭和19年沢村は3度目の赤紙で出征し
戦地にたどり着く前の魚雷攻撃で海のもくずとなった。
日華事変が起こった昭和13年に1度目の出征
昭和16年に2度目の出征
帰国の度に身体を壊していく沢村
戦時中だ
野球だっていつなくなるかわからない。
そんな状況下でありながら
野球復興のため不屈の精神で乗り切っていく沢村。
だが3度目の赤紙がきた。
沢村君なぜ君だけが3度も!
戦地へと向かう駅のホームで
先生と沢村が最後の会話を交わす。
今度という今度は自分もって言い出す沢村を制し
弱気なことを言うな!
もし野球がなくなってもワシが球団を作ってやる。
元気づける院長先生。
先生!自分はやっぱり野球の沢村なんですね。
この言葉を最後に海のもくずとなったのだ。

今、沢村は何をしていると思う?
院長先生は海の見える丘に立って
飛雄馬にこう尋ねる。
それに呼応するかのように
先生、沢村は投げています。
深い深いこの海の底で魚相手に投げています。
考えてみたら自分はここでしか
野球する場所がなかったんですね。
先生、先生。って聞こえてくる。

沢村はまだ30歳だったそうだ。
戦争なのだ。
一生懸命もがいてはみたものの
結局は命果て
黄泉の世界でしか野球ができないと悟った沢村。
戦争の前では夢さえ持てないのだ。

久しぶりに戦争の悲惨さを感じた。
そういえばもうすぐ衆院選なんですね。
改憲に向かっている世の中。
そもそも今の平和憲法は
アメリカが作ったものだとか
改憲派の誰かが力説してたけど
だからなんだっていうんだ。
そんなのどうでもいいことじゃないか。
暴力で相手を黙らせる。
戦争なんて犯罪と同じじゃないか。
犯罪は被害者も加害者も大きな傷を負うだけだ。
まぁ漫画のバイトしてた時は
新聞を隅から隅まで読んでいたけど
それをやめてもう10年。
ほとんど新聞も読まない自分だ。
そんな単純なことじゃない!
何政治オンチなこと言ってやがる!って
笑われるのかもしれない。
でも平和が一番だと思うのは間違っているのかな?
ちょっと考えさせられました。