自由という不自由 | がらくた通り3丁目

がらくた通り3丁目

人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

EL&Pでご活躍されてた
キース・エマーソンが
お亡くなりになられたそうです。

EL&Pにはギタリストがいないバンド。
友達にそう教えられていたためなのか
プログレも少しばかり聴き始めた頃
ギターにしか興味がなかった僕は
どうしても触手が伸びなかったバンドなんです。
そしてその後様々な音楽に出会う度に
いつも聴かなければいけないと思いながらも
現在に至ってます。

そして思い出したのが
プログレの対局に位置していたパンク。

パンクが好きかどうか?
音楽的には嫌いじゃないし
かといって大好きってわけでもない
どちらかというと好きかな。
音楽的にというよりも
惹かれたのはイデオロギー。

既存の価値観を破壊しようとした
セックス・ピストルズは痛快だったし
ピストルズ後
あらゆるものを刷新しようとする
表現者としてのジョン・ライドンは凄まじい。

個人的には既存の価値観を壊すということこそが
音楽に限らず自己表現する上での
使命であり命題だと教えられたような気もします。

そしてパンクに酔っていたころ
既存の価値観というキーワードで
よく思い出したのが
中学のころ好きだった吉田拓郎です。

伽草子

後追いで購入した1973年ころのアルバム
「伽草子」のライナー・ノーツに書かれていた言葉が
ずっと僕の心に突き刺さってます。

拓郎さんは「結婚しようよ」で
アングラ・フォークからメジャーになられたお方。
それがフォークばかり聴いていた視聴者には
アンダーグラウンドな世界に背を向けた
裏切り者に思えたようなんです。

どこの会場でライブやっても
「帰れコール」を浴びて
かなりとまどっていたようです。
限られた人しか聴いてはいけないという
フォークという音楽の仲間意識と特権意識。

ライナー・ノーツの中で
フォークは自由な音楽だったはずなのに
いつのまにか
こうでなければいけないという価値観に縛られた
不自由な音楽になってしまった
みたいなことが書いてありました。

自由というものはこうなんだ。

自由という価値観に縛られた不自由さ。
たまに思い出す拓郎さんの言葉でした。