出会い | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

ガレキ
▲1992年に出会ったガレージキット「タッコング」

昨日とあるブロガーさんの記事を
拝見させていただき
考えてしまいました。

僕らの命には期限があって
いずれ死んでしまう。

そしてその人生は細かくわけて
見てみることも可能だ。

生きている間にはいろんな節目があって
それぞれに限りがある。

年齢や自分の環境などにより
今だからこそできること
今しかできないことってあると思います。
目には見えないけど全部期限付き。

どんな苦労や悲しい出来事も
その期限を過ぎてしまえば
経験することはできない。

もちろんそのどちらも
二度と経験したくはありませんが
それらから得るものって
とても大きなことだと思います。

楽しいことよりも辛いことの方が記憶に残る。

ある意味それらの期間が過ぎてしまえば
その筋目の中での人生は終わっていて
死んでしまったのと同じなのかもしれない。

肉体は滅びてはいないけど
それぞれの筋目筋目の人生は終わっている。

生きていればこその後悔。

後悔があるというのは贅沢なことなのかもしれない。

しかし過去は過去でしかないし戻ってこない。
生きていると実感できるのは
未来でもない今のこの一瞬しかない。

出会いと別れがあるからこそ
今を大事にしなければいけない。
一期一会の心ですね。