ツェッペリンへの道程 第21回 | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

daze
▲名盤「Studio Daze」

jennings
▲「Jennings Farm Blues」2曲目の同タイトル曲は去年再発された「Ⅲ」のコンパニオン・ディスク収録と同音源?

europe
▲ブートCD第2弾は「Tour Over Europe 1980」。これはオリジナルではありません。1980年はあまり興味なかったのでリアルタイムで入手しませんでした。価格が半値以下のこのコピー盤を後に入手。音質は最高!

dallas
▲ブートCD第3弾は1989年3月くらいにリリースされた「Dallas 75」。「ファー・イースト・レコード」から通販で購入するも、発売が数ヵ月延びたため制作者から英文のお詫びのメッセージの手紙が一緒に封入されていました。これはコンサート中盤までの収録ですが、現在ではコンプリート盤も存在してます。これも高音質収録

blueberry
▲上段は1970年のロスでの音源を収録した名盤「Live On Blueberry Hill」のコピー盤。モノラルのオーディエンス録音ですがかなりの高音質。後に「Mad Dogs」レーベルからステレオ・バージョンもリリースされましたが、このモノラル盤の方が格段に高音質です。
下段はこの当時発掘された音源を収録した「April Fools Day」。1973年4月1日パリでの音源を収録との記載ですが、当時発売されていた洋書、ツェッペリン・ブート・ガイドブック「コンサート・ファイル」によると場所と日付は誤りらしい。これはかなりの高音質。ジミーのプレイとボンゾのドラムがとにかく凄い!


1988年リリースの「Japan Tour'71」に
端を発したツェッペリンCDブートラッシュ。
第2弾は「Tour Over Europe 1980」
翌年早々には「Dallas 75」

1990年に入ってから
ツェッペリンのブートラッシュは
ますます活況をおびてきます。

この年は「CONDOR」レーベルと
「FLYING DISK」レーベルが猛威をふるってました。

それにしてもなぜこの時期にこんなに?

当時はあまり疑問に感じませんでしたが
数年後のジミー・ペイジのインタビューで
1988年発表の彼の初のソロアルバム「アウトライダー」
そのツアー最中、
屋敷から貴重な音源が盗まれたと語ってました。

なるほど、あのブートラッシュはそういう意味か。

この時期にオフィシャル級の超高音質のブートが
たくさん世に出回りました。

たくさんの名盤が輩出されました。

僕はそのほとんどを地元札幌ではなく
通販を利用し、東京に店を構える
ファー・イースト・レコードさんから
購入しました。

1973年のライヴは
サウンド・ボード音源が多数存在するため
高音質のものを楽しむことができます。

この年の1月から3月にかけてのヨーロッパ・ツアーは
オフィシャル盤「永遠の歌~狂熱のライヴ」の
素材を含む5月から7月にかけてのアメリカ・ツアーよりも
ボンゾが突出して凄い!
ツェッペリン至上最高のドラムプレイを
堪能することができます。

特に「FLYING DISK」レーベルから
リリースされていた「Lead Poisoning」

「幻惑されて」後半からの収録ですが
このタイトルでそのプレイが顕著。

機会がございましたら、一聴をお勧めします。

ただこの元ソースとなる音源
サウンド・ボード録音のものと
オーディエンス録音のものと2種存在するのでご注意。

オーディエンスものは完全版ですが。

当時の音源でピカ一の音質だったのが
「SCORPIO」レーベルからリリースされた
「STUDIO DAZE」と
「JENNINGSFIRM BLUES」

どちらも基本はスタジオ・アウトテイクスなのだけど
音質はオフィシャルとなんら遜色ない。

「STUDIO DAZE」に収録の「All My Love」

ツェッペリン史上最もメロディアスであろうこの曲。

僕はオリジナルよりこちらの方が断然好き。
おそらくストリング・ベンダー付きの
テレキャスターであろうジミー・ペイジの
ギターソロが素晴らしい。

このあたりから僕のブート収集のスピードは
減速していきます。

ロックは70年代と決め込んでいた僕が
90年代ロックを聞くということに
挑戦するのでした。

あるバンドが僕のハートを鷲掴みにしたのです。

〈つづく〉

ツェッペリンのブート「STUDIO DAZE」の
「All My Love」