レスポール・レオズ・ヴィンテージ 15回目 | がらくた通り3丁目

がらくた通り3丁目

人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

プレイヤー1
プレイヤー2
プレイヤー5
▲Player誌1998年3月号の特集記事でレスポール・レオズ・ヴィンテージのことが触れられておりました


レオズ・ヴィンテージ購入にあたり
5年ローンを組み、
小遣いも半分になったため
H氏のお店にも
あまり行けなくなってしまいました。

その後のH氏
お店で日中はヴォーカル教室を始めたようです。
アイドルもたくさん輩出している
ある有名プロダクションと知り合いだとか触れ回って
生徒を集めてたらしい。

ウソかマコトか
ますます怪しくなるH氏。

ある日帯広の霊能者に
お店がはやらないのは
入り口にバス停があるからだと言われ
ショックを受けてました。

何でも人の流れが激しい場所は
霊の動きも活発という論理らしい。

僕のギターのローンが終わる頃には
楽器屋さんとライヴ・バーは廃業してしまい
ヴォーカル教室一本に。

その後霊の存在を気にしてか
引っ越してしまいました。

2003年くらいに
札幌市内の中央区はずれで
ヴォーカル教室をやっているという噂を聞きつけ
尋ねて行きましたが、生徒しかおらず不在。
後に電話をいただきお互い懐かしみあいました。

その後ススキノ近くのジャスマックホテルでの
イベントの誘いを受けるも
仕事のため行けず
そのまま疎遠になってしまいました。

H氏との物語はこれで終わりです。

H氏、今どこで何をしているんだろう?
怪しいけど魅力的な方でした。

H氏がよく言ってました。
ギタリストは人と話すのが苦手。
無口なヤツが多い。
だからギターを選ぶ。
だからカワイイ。

僕の1990年代はあなたと共にはじまり
あなたと共に幕を閉じました。
僕が知らなかったヴィンテージ・ギターの世界を
ちょっぴりだけど覗かさせていただき感謝しています。

どうもありがとう。

〈つづく〉

1993年頃、アシッド・ジャズという
ジャンルで活躍していたマザー・アース
お恥ずかしいのですが、
2000年代に入ってからその存在を知りました。
オアシスのギャラガー兄弟もファンだったそうです。
「Time of the Future」
カッコイイ!