出/ハリソン・フォード、ルドガー・ハウアー
監/リドリー・スコット

フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を原作とする、映像化されたSFの金字塔にして教科書。
近未来の地球。
多くの人類は荒廃する地球を捨て、他の惑星に脱出をし始めた頃、人類より優れた能力を持つアンドロイド…レプリカントが誕生していた。
その優れた能力に畏れを抱いた創造主たる人類は、その被創造物にわずか4年の寿命という呪いをかけた。
それに抵抗しようとする脱走レプリカントたちを「狩る」ことを生業とする「ブレードランナー」のデッカードは、ロイというレプリカントをリーダーとする、四人のレプリカントの追跡を始める。
その追跡の過程で、レイチェルという名の「特別な」レプリカントに出会うが…

ファイナルカットが出た!
私はこの作品が大好きで大好きでたまらず、先ほど発売されたBOXを買おうかどうしようか苦悩し、でも貯金の心細さに絶望し、それでも死ぬまでに見たいと熱望していた、ブレードランナーのファイナルカット!
ああ、やっぱりいいなあ、と浸る日々。
これ見まくるために有給とった不良社会人な俺。
ものすごくパーソナルな部分で、とても大切な作品です。

近未来の風景は、この作品で完成されたと言っていいと思う。
この未来の風景は、さまざまな作品で登場する。
高層化された都市、色鮮やかなネオン、その足元には薄暗い景色が広がり、煤け、古ぼけている。
近未来の景色は、知らない街でありながら、どこかで見たことがあるような、そんな不思議な気持ちになってしまう。
これが未来か、なんて思う。

そんな風景に生きる人々で、矢張りルドガー・ハウワーのロイは出色と言うか何と言うか。
軍事訓練を受けた殺人マシーンでそのものありつつ、その青い瞳はあくまでも澄んでいて、圧倒的な哀しさを背負う。
もうすぐ傍に迫っている、その兆候も確かに現れている、その最期のあがきを見て、レプリカントは確かに生き物なのだと思い知るのだ。
All thouse moment will be lost in time. Like tears in the rain. Time to die,,,(綴りが怪しい…)
雨の中の“その時”の、その瞬間は、涙なしでは見られない。
その瞬間に、自ら与えた“その時”からデッカードを引っ張り上げる。
一体、何を思って?
降りしきる酸性雨の中で、デッカードは一体何を思っただろう。
何を思い、レイチェルの手をとったのだろう。
ああそうだったのか、と、見るたびにいつも違うことを思ったり、感じたりする。

いっぱい、ほとんど無意味なくらいに深読みして、私はこの作品を飽きることなく何度も何度も繰り返し見ます。
そして、友人に薦めてみて、「あんまり…」風な反応に全力でガッカリして以来、どうも誰かも薦めることが出来ないでいる…
こっそり大切にしていこうと思っている作品です。
そんなヤツは、多分、きっと私だけじゃない。