今日は少し寝坊してしまって、10:50に起床。
でも急がなくても間に合う時間だったので、
朝ごはんを軽く食べて、ゆっくり身支度。

11時半のバスに乗って電車を乗り継ぎ、スタジアムの最寄り駅へ向かった。

着いた頃にはイベントはほぼ終わりかけだったけれど、
お笑いステージを少しだけ覗けた。
そのあと岡山県のブースに並んだのだけど、
ここが今日いちばんヒヤヒヤした場面。

列がぎゅっと詰まっていて、
前後左右の人が日傘を差したまま並んでいて、
角度がちょっと危なくて
「これ、顔に当たらないかな…」とずっと気を張っていた。
怪我しなくて本当に良かった。

そんな緊張の中で挑戦した人生初の射的。
まさかの一発で備前焼のおちょこをGETして、
「え、私できるんや…」とちょっと感動した。

チケットを引き換え(障がい者用のチケットなので引き換える必要がありました)て入場し、
まずは席に荷物を置いてからお手洗いへ。空いていたので、通常のトイレに入りました。
タコさんウインナーを買って、座席で軽く食べながらファジアーノ岡山の応援を眺めていた。

アウェイ席は隣県ということもあって、ほぼ満席に近い盛り上がり。
声の出し方やリズムがホームとは違っていて、「こういう応援文化なんだな」と感じられて面白かった。

試合はというと、なかなか流れをつかめず、後半も得点できないまま3失点。
悔しいけれど、アウェイの盛り上がりを間近で体験できたのは今日ならではの楽しみ方だった。

ハーフタイムは軟膏を塗りたかったので多目的トイレへ。
出口が遠かったので、通路からゲストのダンスパフォーマンスを
少しだけ見られたのも、ちょっとしたラッキー。

試合後は余韻に浸りながら出口が空くのを待ち、
タイミングを見て退場。
臨時バスに乗ってスムーズに帰宅できた。

家に帰ってからは大相撲を観戦。
大関・横綱は負けてしまったけれど、
好きな力士が勝ったので複雑な気持ちのまま嬉しかった。

そのあと世界卓球が始まり、
一人目だけテレビで観戦して、
残りはネットで経過を追いながらゆっくり過ごした。

暑い一日だったけれど、
スタジアムの中は心地よい風が吹いていて、
冷感タオルを使わずに済んだのもありがたかった。

日傘のヒヤヒヤも、射的の感動も、
アウェイ応援の迫力も、全部ひっくるめて“今日の一日”だった。

 

帰り道、スマートフォンの電池が最後まで持ってくれたのも嬉しい出来事でした。
設定を見直したおかげで、今日は安心して過ごせました。

これで今年の“決まっていたお出かけ”はひと区切り。
次にまたどこかへ行ける日まで、日々を大切にしながら元気に過ごしていけたらいいな。












 

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ただの連休の記録ですが、よければお付き合いください。

我が家特有の用事(介助案件)もなく、いつもの休日のように、ゆっくりと過ごすことができた。

外出したのは5月2日、5月4日、5月6日の3日間。

近場が空いていたこともあって、食事をして、買い物をして、その流れをのんびり楽しめた。

5月2日
家でお昼ご飯を食べてから買い物へ。母親にAEON Payの使い方を伝えた。

店内が空いていたので、ゆっくり服と靴を見ることができた。

5月3日
お昼過ぎまでゆっくり寝て、テレビを見ながらのんびり過ごした。

5月4日
スシローでランチ。いつもと同じくらいの量を食べられて、ちょっと嬉しかった。

この日は父親のデイサービスの帰りが1時間遅い日で、慌てて帰らなくていいというだけで気持ちに余裕が生まれ、

落ち着いた店内でゆっくり食事と買い物ができた。

私は聴覚過敏や視界の刺激が負担になることがあるため、仕切りのある店や静かな空間を選ぶようにしている

(この記事参考に→目に見える光景は刺激物?

5月5日
お弁当を食べて、そのあと、ゆっくり皮膚の手入れをしてもらう時間にあてた。

5月6日
洋食屋さんでオムライスを食べた。

数えるほどしか行ったことのない、普段利用しないお店だったので、新鮮な気持ちになった。

食事も買い物も穏やかに楽しめた。

外食のときぐらいしか母親とゆっくり話す時間がないので、祝日は良い機会だと感じている。

母親のことは苦手意識が強いけれど、今回はその“苦手”をあまり感じずに一緒に過ごせた。

自分でも少し驚くくらい、静かでやさしい時間だった。

今後の祝日も、こうして穏やかな気持ちで過ごせますように。


皆さまは、どんな休暇を過ごされましたでしょうか。

 

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私の休日は、その日の予定や体の状態によって、ゆっくり形を変えていく。
決まった過ごし方があるわけではなくて、気持ちや体調に合わせて自然に流れていく感じが近い。

平日の疲れが残っている土日は、気がつくと13〜14時ごろまで眠ってしまうことが多い。
起きてもしばらくはぼんやりしていて、コップ一杯のお茶を飲みながらボーッとしたり、
そのまま軽く食事をしながらテレビを眺めたり、スマホを見たりして過ごしている。
この日は「休む日」として過ごすことが多くて、夜になると少しずつ頭が動き出し、
深夜に文章が浮かぶこともある。

自分の用事がある日は、眠さよりも「行きたい」という気持ちが先に立つ。
スポーツ観戦の日は、まず鞄にその競技のキーホルダーを付けるところから準備が始まる。
この小さな動作が、私にとっての最初のスイッチになっている。

野球やサッカーの日は、ユニフォームっぽい服に着替えると、気持ちがふっと前に向く。
「今日は応援の日だな」と思えて、体も自然に動き出す。
バスケットの日はユニフォームを持っていないので、服装で気持ちを切り替えるというより、
家を出る直前に「そろそろ行こうかな」と時間配分を考え始めたあたりで、気持ちが整ってくる。
どの競技でも、会場に着く頃にはすっかり観戦モードになっていて、帰る頃には「行けてよかった」と明るい気持ちが残っている。

祝日は、11時前後に起きることが多い。
ただ、それは自然に目が覚めるというより、家族が決めた予定があるから起こされて起きる日。
本当はもう少し寝ていたい気持ちのまま、ゆっくり体を起こしていく。
その日の皮膚の状態によって、外に出るしんどさが変わることもある。
それでも、出かけてしまえば「買えてよかった」「食べられてよかった」と、
帰る頃には気持ちが少し明るくなっている。

私の休日は、

自分のペースで休む日、自分の気持ちで動く日、

家族の予定に合わせて動く日。
その3つが、体調や気持ちと重なりながら、静かに切り替わっていく。
どんな休日でも、行くまでは少し重さがあっても、

帰る頃には「行けてよかった」と思えていることが多い。
それが、今の私の休日のリズムになっている。

 

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今日は、私の髪の毛事情を少し紹介してみようと思います。

 

生まれたばかりの頃、私は髪の毛がとても多かったそうです。
でも、魚鱗癬の影響で、生まれて間もない頃に広い範囲で髪が抜けてしまいました。
その後も髪は増えず、今でも地肌が見えるくらい少ないままです。
だから私は、いつも「どうすれば地肌が目立たないかな……」と考えながら髪を整えています。

本当は、昔からボブヘアのような髪型にしてみたい気持ちがありました。
でも、髪を伸ばすと地肌が見えすぎてしまったり、
頭皮の状態によっては髪が抜けやすくなったりして……
美容院の先生も困ってしまうほど難しいみたいです。
率直に言うと、私にはボブヘアは……たぶん“できない”んだろうなと思っています。

でも、だからといって諦めているわけではなくて。
いつか、思っている髪型に近づける日が来るかもしれない……そんな気持ちも、どこかにあります。

オシャレに無頓着な私ですが、
それでも「髪の毛を染めてみたい」という気持ちはずっとありました。
ピアスのように皮膚に直接負担がかかるものは絶対にできないので、
髪を染めるくらいなら……もしかしたら大丈夫なのかもしれない、
そんなふうに今の美容院に通い始めてから、ひそかに思うようになりました。

就職して数年後、今の美容院に通うようになり、私の体質や髪の状態を少し理解してもらえた頃、
美容院の先生から「一回、髪の毛染めてみる?」  と声をかけてもらいました。

プロである先生が言うなら、きっと大丈夫なんだろう……。
そう思いながらも、親の反応が少し怖かったのも本音です。
それでも、思い切って挑戦してみました。

髪に色がついた瞬間は、不思議な感じでした。
当時はスーツ出勤だったので、それに合う落ち着いた色にしていただき、
鏡に映る自分が……少しだけ違って見えたのを覚えています。
周囲の反応はあまり覚えていませんが、
少なくとも悪い印象ではなかったんじゃないかな、と思っています。

ただ、染める前に絶対にしてはいけないことがあります。
痒いからといって頭をかきむしり、傷を作ってしまうことです。
カサブタがあると、うまく染まらないと美容院の先生に言われました。
頭皮が弱い私にとっては……特に気をつけなければいけないところです。
それともうひとつ、市販の染める薬は使わないほうがいいと私は思っています。
魚鱗癬の私には刺激が強すぎる気がして……どうしても不安があります。
お金はかかりますが、私は“服を買うような気持ちで、オシャレ代”だと思って、
気にせず美容院の先生に染めてもらうようにしています。

そして、美容院選びもとても大事だと感じています。
私はチェーン店で髪の毛に一切触れられず、
適当に切られてしまったことがあって……すごく嫌な思いをしました。
それ以来、一人の美容師さんだけで切り盛りしている小さな美容院のほうが、
私には合っているんだと感じています。
丁寧に向き合ってくれる場所を見つけることが、私にとっては正しい選択なんだと思っています。


今は白髪染めに移行していて、
半年に一度くらい……というペースに落ち着いています。
そして、この間あらためて気づいたことがあります。
どうやら、真冬は避けたほうがいいみたいです。

冬は頭皮が特に乾燥しやすくて……
どうしても皮膚の状態が不安定になります。
なので、私の場合は春先か、空気が落ち着く秋(9月ごろ)が
一番いいのかな、という気がしています。

季節によって頭皮の状態が大きく変わるのも、
魚鱗癬と一緒に生きている私にとっては大切なポイントです。
できないことが多い中で、“できる範囲で続けられること”を選んでいく……。
髪を染めることは、そんな私にとっての小さな自由で、今も大切にしている選択のひとつです。

 

同じように悩んでいる方がいたら……少しでも心が軽くなればいいな、と思っています。

 

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私は魚鱗癬という皮膚の病気があり、突然、全身が痒くなることがあります。
予告もなくスイッチが入るような感覚で、どこが痒いのか分からないまま、
体の中がざわざわと落ち着かなくなることがあります。

子どもの頃は、この“突然の痒み”と、学校の45分授業を同時に耐えなければなりませんでした。
痒くても触れない、動けない、立てない。先生の目もあるし、周りの子の視線もある。
ただ座って、ただ我慢するしかありませんでした。

自分の身体に意識を向けるほどつらいので、
私はいつも“外の世界”に意識を逃がしていました。

よその子の持ち物。

鉛筆の持ち方。
足のクセ。
消しゴムの使い方。
机の上の物の配置。

そして、先生のチョークの持ち方や、黒板への板書のクセまで覚えていました。
中学のときには、独特な姿勢で板書する先生がいて、
その立ち方や手の動きまで、今でもはっきり思い出せます。

観察が好きだったわけではありません。
ただ、痒みから意識をそらすために、外の動きに頼るしかなかったのです。

大人になった今も、その“視界に入るものを拾ってしまうクセ”は残っています。
フードコートに行くと、隣の人のお箸の持ち方や食べているメニューが目に入る。
会社のブレイクルームでは、誰かのお弁当の内容が自然と視界に入ってしまう。

4月30日に行ったライブでも、同じようなことがありました。
開演してもスマートフォンの操作を止めなかった人、

前のめりになりながら、ずっとオペラグラス越しにアーティストを見ている人がいて、
その動きが視界に入るたびに、どうしてもそちらに意識が持っていかれてしまいました。
最初はライブに集中できない時間が続きましたが、少しずつ自分のペースを取り戻して、
音にだけ意識を向けられるようになると、やっとライブの世界に入っていけました。

見たいわけではないし、観察を楽しんでいるわけでもありません。
ただ、視界に入るから気づいてしまうだけです。

だからといって、いつも気になってしまうわけではありません。
たとえば、スポーツ観戦は人のことが一切気にならずに楽しめます。
みんなが同じ方向を見ていて、動きも試合に沿っているので、
視界の中の情報が“雑音”になりにくいのだと思います。
私自身、応援に必死になってプレーしか見なくなるので、
周りのことを気にしている暇がないのも大きいのかもしれません。

 

私は、囲われた席や、視界が広がらない場所を選ぶようになりました。
コロナ禍で仕切りがあった時期は、本当に楽でした。
どのお店に行っても、人の動きが気にならず、
自分のペースで食事ができたからです。

今は仕切りがなくなり、席によっては情報が入りすぎてしまうこともあります。
音はイヤホンで塞げても、視界は塞げません。
だからこそ、席選びは私にとって大事な“自分を守る工夫”になっています。

そんな私ですが、今日は少しだけ嬉しいことがありました。
買い物に行ったら、お客さんがとても少なくて、
久しぶりに“人の動きが気にならない空間”でした。
そのおかげで、欲しいと思っていた靴を、
落ち着いて手に取って、しっかり吟味することができました。

買うと決めていたわけではないのに、
気づいたらレジに向かっていました。


ほんのり黄色みのある、明るい色の靴でした。
手を一切使わずに履けると書いていた靴で、
実際に試してみると、本当に手を使わずに履くことができました。
その感覚がとても気に入って、買うことにしました。


自分のペースで選べると、こんなにも自然に決断できるんだなと感じました。

“日常の相棒”を、今日はちゃんと選べた。
それだけで、とても良い日でした。

 

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4月30日。
「Hata Motohiro 20th Anniversary GREEN MIND EXPO」に行ってきました。

雨で湿度が高くて、肌が落ち着いていた日。
そのおかげで、ライブをゆっくり楽しむ余裕がありました。

午前中で仕事を終え、定時で気持ちよく退社。会社を出る前に、空になっていたペットボトルにお水をほぼ満杯まで補充しておいた。結果的に、この量がイベント後までしっかり持ってくれて本当に助かった。

予定より30分ほど早い電車に乗れたのも嬉しい誤算。少し遅延していたけれど、致命的な影響はなく、スムーズに移動できた。
事前に調べていた出口までホーム上で移動し、改札を出る前に空いていたお手洗いに寄っておく。こういう小さな“余裕”があると安心する。

そのままフェスティバルホールへ向かうつもりで歩いていたら、入りやすそうなお店を発見。メインはカレーそばと書いてあったけれど、他のメニューもあったので、ちくわ天うどんを選んで軽く腹ごしらえ。
お店を出てからは屋内ルートを通り、並んでいるお店を眺めながらゆっくり歩いてフェスティバルホールへ。

グッズ販売開始の1時間前に到着。
そこそこ人はいたけれど、割と前の方に並べたので、階段の上段まで行くこともなく、冷たい空調が当たる場所で快適に待つことができた。
買う物は事前に決めていたので、現物確認の列をスキップしてレジへ直行。無事に購入完了。

その後、友人と合流し、私にとってメインイベントに参加するために必要なライブチケットを受け取った(今回は自分で取っていなかったので本当にありがたかった)。

空いていたファンクラブブースに寄ったあと、
ステッカーお渡し会の参加権利を受け取るための受付では、証明書の提示やスマートフォンの操作が必要だった。
片手が塞がっているとやりづらかったため、受付ブースへ向かう前に、購入したグッズを一旦友人に持ってもらうことにした。

両手を空けた状態で、ファンクラブブースの隣にあるステッカーお渡し会の参加権利受付ブースで、私にとってメインイベントであるステッカーお渡し会の参加権利を受け取った。

その後は、預けていた物を受け取って、そのままお手洗いに行き、ついでに荷物整理。
暖房でのぼせてしまったので、一度屋外に退避してクールダウン。

グッズ販売の場所には戻らず、出入り口付近で過ごすことに。
SNSで知り合った方々がいたので、勇気を出して声をかけてみた。初めましての方もいて、お土産までいただいてしまった。
(中身は書かないけれど、気持ちがとても嬉しかった。)

その団体さんが移動したあと、友人と合流。
さらに後から来た友人も合流して、3人で記念撮影。少し話し込んでから、予約してもらっていたパスタとピザのお店へ向かった。
私は事前にメニューを調べて決めていたので迷わず注文できたけれど、友人たちはなかなか決められず、逆に私のほうが内心焦っていた。でも、迷うのも楽しみのひとつだし、結果的には1時間ほどゆっくり食事できてよかった。
そのタイミングで服薬もきちんとできた。

十数年ぶりに会った友人には、つい魚鱗癬の話をたくさんしてしまった気がして、少し気になっている。でも、久しぶりに会えた嬉しさのほうが勝っていた。

食事のあとは、いよいよお楽しみのライブ。
ツーマンライブで、最初は土岐麻子さん。トークも歌声も心地よくて、思わず聴き入ってしまった。
そしてメインの秦基博さん。あの音楽が流れて、私が最初に好きになった曲から始まり、新旧さまざまな曲を歌ってくれた。うっとりする時間だった。

フェスティバルホールの椅子はふかふかで気持ちいいけれど、魚鱗癬の影響で同じ姿勢が続くとお尻が蒸れてしまい、途中から立ちたくてうずうずしていた。
最後のほうで立つシーンがあって、本当に助かった。
土岐さんとのコラボ曲「やわらかい気配」を生で聴けたのも嬉しかった。

ライブのあとは、いよいよ私にとってメインイベントのステッカーお渡し会。
思ったより前の方に並べたので、順番が早く回ってきてホッとした。
皮膚の状態も絶好調で、推しの笑顔にキュン死しそうになりながらも、ちゃんと「ありがとうございました」と伝えられた。大満足の締めくくりだった。

そして5月1日。
昨日の幸せな余韻を抱えたまま迎えた今日。
午前中は気持ちを切り替えて仕事に集中できていたけれど、やっぱりライブの疲れが残っていたのか、夕方になるにつれてじわじわとしんどさが出てきた。

帰る頃には雨が止んで空気が乾いていて、少しだけ動きづらさを感じた。
湿度のある日のほうが楽だな、と改めて思った。

昨日いただいたお土産のお菓子を、今日は会社で全部食べた。
休憩のたびに4月30日の楽しい時間を思い出せて、

ちょっとした癒しになった。


また同じように楽しめる日が続くように、
できる範囲で体調を整えていきます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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最近、SNSでヘルプマークが話題になっている。

ヘルプマークは、外見からは分かりにくい困りごとや障害がある人が、周囲にそっと知らせるためのマークだ。

本来は「助けてください」ではなく「事情があります」という静かなサインとして作られている。

「若い人がキーホルダー感覚でつけている」という投稿が拡散され、本来の目的とは違う使われ方が問題視されている。

けれど、この状況は単に“モラルの問題”ではなく、制度そのものが抱える構造的な課題だと感じている。

ヘルプマークは、私が住んでいる地域では 市営地下鉄の駅員室で「ください」と言えば受け取れる。

障がい者手帳の提示も必要ない。つまり、誰でも、理由を問われずに入手できる仕組みになっている。

この“誰でももらえる”という仕組みは、本来は「困っている人が気軽に使えるように」という意図なのだと思う。

しかし現実には、必要性のない人が気軽に持ててしまう一方で、本当に必要な人が使いづらくなる空気を生んでしまっている。

私は魚鱗癬によるアカギレで、冬場は立っているだけでも痛みがある。

吊り輪を持つことはほとんど不可能に近い。

聴覚過敏もあり、アナウンスのスピーカーが近いと音が刺さるようにつらい。

だから、公共交通機関ではできるだけ座って過ごしたい。

よく「見えない障害への理解不足」と言われる

けれど私の場合、手を見れば明らかに障がいがあると分かるはずなのに、足は普通のスニーカーを履いていると気づかれにくい。身体の中でも“見える部分”と“見えない部分”が混在していることで、社会の目線がどこに向くのかが大きく変わってしまう。

その差が、ヘルプマークをつけることへのためらいにもつながっている。

私は体調によって、ヘルプマークを隠す日がある。

体が比較的動く日は「今日は大丈夫だから」としまい込む。

逆に、お尻の皮膚の状態が悪い日は、座らない方が楽なこともある。

せっかく席を譲っていただいても、お断りするのが申し訳なくて、そんな日はあえて見えない場所にしまう。

ライブに行くときも、周囲の視線が気になってしまう。

「本当に必要なのか」と思われるのではないか。

そんな不安が、ヘルプマークを堂々とつけることを難しくしている。

本来、ヘルプマークは「助けてください」ではなく「事情があります」という静かなサインのはずだ。

しかし今の社会では、「本当に必要なのか」「サボりたいだけでは」そんな疑いの目が向けられることがある。

その背景には、
・見えない障害への理解不足
・ヘルプマークの意味の周知不足
・交付基準の曖昧さ
・SNSでの断片的な情報の拡散
こうした社会的な問題が積み重なっている。

だから私は思う。

ヘルプマークを巡る議論は、個人の善悪を問う前に、社会全体で「見えない困りごと」をどう扱うかという問題なのだと。

皆さまは、ヘルプマークをつけている人を見かけたとき、どんな気持ちになるだろう。

そして、社会はどうあるべきだと思うだろう。

次の推し活には、思い切ってつけて行ってみようか。社会が少しでも変わることを願いながら。

 

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4月23日。

朝から湿度の高い一日だった。
魚鱗癬のある私にとって、湿度はときどき大きな味方になる。
肌の表面が柔らかくなって、動くときの不安が少し軽くなる。
朝の時点で「今日は大丈夫そうだ」と思えるのは、実は珍しい。

午前中は在宅勤務をして、
昼食のあと少し休んでから歯医者へ向かった。

外は土砂降りで、傘をさしていても足元まで濡れるほどだった。
こういう日は移動だけで体力を使ってしまうことが多いけれど、
湿度のおかげで肌が落ち着いていて、
歩くたびに感じる“突っ張り”がほとんどなかった。

いつもなら乾燥で途中休憩が必要になる歯の掃除も、
今日は中断することなく予定通りに終わった。
湿度があるだけで、こんなにも違うのかと改めて思った。

そのまま、竹原ピストルさんのライブ会場へ向かう。

電車を乗り継いで、階段を何度も上り下りして、
普段なら少し不安になる動きも、
今日は湿度が守ってくれているようで、
怪我もなく無事に到着できた。

立ち見のライブだったので、本当は少し迷いもあった。
長時間立っていると皮膚が割れたり痛みが出たりすることが多いから、
「最後までいられるかな」と心配していた。

会場では壁際の位置を選んで立って参加した。

皮膚の調子がとても良くて、手拍子も、身体のリズムに合わせて動くのも、
いつもよりずっと自然にできた。

 

竹原ピストルさんのライブは、今回はバンド編成での公演だった。
バンドで聴いてみたいと思っていた曲も演奏してくれて、
その迫力と一体感に胸がいっぱいになった。
大満足の時間だった。

魚鱗癬の私は乾燥すると途中で軟膏が必要になることが多いけれど、
今日は最後まで自由だった。
立ち見でも思う存分楽しめたのは、本当に湿度のおかげだと思う。

終演後は知り合った人と食事へ。

雨の夜の湿った空気の中をゆっくり歩いて、話して、笑って、
ライブの余韻と、身体の軽さが静かに混ざり合っていった。

家に着いたのは想定していた時間の範囲内。
翌日も在宅勤務にしていたから、少し疲れていても気にならなかった。

湿度の多い日だったからこそ、体が自由で、心も軽くて、
あのライブをまるごと楽しめた一日だった。

 

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人生の中には、その時の自分にそっと寄り添ってくれる歌がある。
うまく言葉にできない気持ちを代わりに抱えてくれたり、
前に進むための小さな力をくれたり、
ただ静かにそばにいてくれるだけの日もある。

そして音楽は、悲しいときや辛いときだけではなく、
通勤の時間のような、何気ない日常の中にも必要なものだと思う。
気持ちを整えたり、呼吸を深くしてくれたり、
ただ流れているだけで心が落ち着く瞬間がある。

私にとって音楽は、聴くだけのものではなく、奏でることも好きだった。
小学校2年生から20歳頃までピアノを習わせてもらったことは、
音楽が好きになった大きな理由のひとつだと思う。
障がいのある手とはいえ、当時流行っていた曲や好きだった曲を
一通り練習していたし、グレード認定にも挑戦させてくれた先生には
今でも感謝している。
初級レベルではあるけれど、無事に認定してもらえたことは大切な思い出だ。
今でも続けていたらどうなっていたのかは分からないけれど、
本音を言えば、ピアノはずっと習い続けたかった。

そんな私にとって、音楽はいつも生活のそばにあった。
ここからは、あの頃の私を支えてくれた歌たちのことを、少しだけ書いてみたい。

【GLAY】

中学生の頃、初めて強く「好きだ」と思えたのがGLAYだった。
きっかけは「HOWEVER」。
当時の自分にはまだうまく言葉にできない気持ちが多かったけれど、
この曲を聴くと、胸の奥が静かに揺れるような感覚があった。
放課後の帰り道や、部屋の中の小さな世界の中で、
GLAYの音楽はいつもそばにあった。

今振り返ると、あの頃の私の“感情の入り口”を開いてくれたのは、
GLAYの歌だったのかもしれない。
思春期の不安や期待の混ざった時間に、
そっと寄り添ってくれた存在だった。

【スキマスイッチ】

就職活動の時期、心がうまく動かなくなっていた頃に出会ったのが、
スキマスイッチの「奏(かなで)」だった。
初めて聴いたとき、気づかないうちに張りつめていたものがほどけて、
涙が止まらなくなった。
その涙が、ようやく自分の感情に触れられた合図のようで、
そこから少しずつ前に進めるようになった。
あの時期を完走できたのは、あの一曲のおかげだと思っている。

でも、スキマスイッチは“就活の支え”だけにとどまらなかった。
社会人になってからも、彼らの曲はその時々の私の気持ちにそっと寄り添ってくれた。
元気な日には軽やかに背中を押してくれて、
しんどい日には、静かに気持ちを整えてくれるような存在だった。

曲を聴くたびに、当時の空気や気持ちがふわっと戻ってくる。
それは必ずしも悲しみや苦しさではなくて、
ただ「その頃の私」が確かにそこにいたという感覚。
スキマスイッチの音楽は、そんなふうに、
人生のいろんな場面にそっと置かれている思い出のようなものになっている。

【秦基博さん】

秦基博さんの音楽に出会ったのは、ふとしたきっかけだった。
試しにレンタルして聴いてみたら、
その声のやわらかさと深さが、すぐに心に馴染んだ。
最初に強く惹かれたのは「僕らをつなぐもの」。
当時の自分の気持ちに、静かに寄り添ってくれるような曲だった。

一方で、「鱗(うろこ)」だけは、長い間、なぜか聴けなかった。
今思えば、魚鱗癬という言葉と結びつけすぎていて、
曲そのものをまっすぐ受け取ることができなかったのだと思う。
でも最近になって、その歌の意味が
自分の中にすっと落ちてくるようになった。

初めてファンの集まりに参加したのも、
秦基博さんが好きな人たちの会だった。
知らない場所に一人で飛び込むのは勇気がいったけれど、
それはまるで「身にまとったものを捨てて泳いでゆけ」という
あの歌詞の通りの行動だったのかもしれない。
あの一歩を踏み出せたことで、
ようやく“曲として”向き合えるようになった気がする。

秦基博さんの音楽は、
その時々の自分の心の形をそっと映してくれるような存在だ。

【竹原ピストルさん】

竹原ピストルさんを初めて見たとき、
その厳つい風貌に少し身構えてしまった。
でも、歌い出した瞬間、その印象は一気に覆された。
まっすぐで、強くて、嘘のない言葉が胸に飛び込んできて、
気づけばその世界に引き込まれていた。

竹原ピストルさんの歌は、
私にとって“気合いを入れるための音楽”でもある。
仕事でどうしても踏ん張らないといけないときや、
苦手なことに向き合う前、
背中を押してほしい瞬間に、自然と再生ボタンを押している。
飾らない言葉の中にある熱が、
自分の中の小さな勇気をそっと呼び起こしてくれる。

見た目だけで判断してはいけない。
そんな当たり前のことを、
竹原ピストルさんの歌は改めて思い出させてくれた。
竹原ピストルさんの音楽は、
“まっすぐでありたい”という気持ちを思い出させてくれる存在だ。

どの曲も、その時の私に必要な言葉や温度をくれた。
思い返してみると、音楽はいつも、
私が立ち止まった場所や、歩き出した瞬間のそばにあった。

これから先の人生でも、
また新しい歌に出会ったり、
昔の曲に救われたりするのだと思う。
そんなふうに、静かに音楽と一緒に生きていけたらいい。

皆さんは、どんな音楽が好きでしょうか。
その時々の自分に寄り添ってくれた一曲が、
きっと誰の中にもあるのだと思います。
 

 

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魚鱗癬という病気の特徴のひとつを紹介しようと思う。

天気によって、体の動きやすさや過ごしやすさが大きく変わる。
同じ一日でも、湿度や日差しの強さだけで、体の感覚がまったく違う。
最近あらためて、その差を強く感じるようになった。

冬場に限らず、年中やっぱり晴れに越したことはないと思っている。
晴れていると外に出るときの気分も明るくなるし、一般的にも「良い天気」という印象が強い。
私自身も、晴れた空を見ると少し気持ちが軽くなる。

ただ、私の場合は晴れることで行動が大きく制限されることが多い。
空気が乾燥すると皮膚の水分が奪われて硬くなり、動かすたびに引っ張られるような感覚が出る。
喉もすぐに乾いてしまい、体全体がカサついた状態になる。
そして何より、紫外線が一番の大敵だ。
日差しが強い日は、外に出るだけで皮膚が刺激されるような気がして、
できるだけ直射日光を避けるように行動を調整しなければならない。

晴れの日は好きなのに、体はまったくついてきてくれない。
「晴れてほしい」という気持ちと、「晴れるとつらい」という現実の間で、
いつも少しだけ矛盾を抱えている。

その一方で、雨の日は湿度が高く、皮膚が柔らかくなる。
湿度があるだけで突っ張りが減り、動きやすさが全然違う。
皮膚のことを気にせずに過ごせる時間が増えるので、実は雨の日のほうが体は圧倒的に楽だ。
汚い話だけれど、湿度が高いと排便もしやすくなるので、生活全体がスムーズに感じられる。

とはいえ、遠出するときやイベントに出かけるときは話が別だ。
傘を持ち歩くのは不便だし、荷物が増えると動きにくい。
そういう日は「どうか晴れてほしい」と強く思う。
晴れてほしいけれど、体は雨のほうが楽。
そんな矛盾を抱えながら、天気に合わせて体調も変わる日々を過ごしている。

天気は選べないけれど、その日の空気や湿度に合わせて、
自分の体がどう動くのかを少しずつ受け入れながら暮らしている。
 

 

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