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去年の秋に虫歯が見つかっていましたが、 その頃の私は、魚鱗癬の体質も体調の波も重なっていて、 

「今は治療に踏み出すのは難しいかもしれない」 と感じていました。

 

そこで先生に、 「梅雨の時期のほうが湿度があって口が開けやすいので…」 と相談したところ、

 「梅雨の時期でも大丈夫ですよ」 と言っていただきました。 その言葉がずっと心に残っていました。

 

そして6月。 私にとって 女性特有の体調不良に当たらない月 で、 体調の波が重ならない6月は、

  “今なら治療を入れられる” と素直に思える、 絶好の治療月だと気づきました。

「何日どうですか」と聞かれたときに 体調の理由で断らずに済む。

 その安心感もあって、 去年の秋には踏み出せなかった一歩を、 ようやく踏み出すことができました。

 

昨日が、その1本目の治療日でした。

治療の前は、 「オエッとなったらどうしよう」「途中で苦しくなったら止めてもらえるかな」 

そんな小さな不安が胸の奥に残っていました。

それにしても、 今まで歯の掃除でさえ、3ヶ月に一度の予約に向けて “ハンバーガー禁止令” を自分に出して挑んでいたのに、 

今回は虫歯治療の前にハンバーガーを食べているんですよね。

 (歯の掃除は梅雨の時期に当たらない設定なので、 湿度の恩恵がなくて 本気で気をつけています。

唇のケアもあまり気にせず過ごしていたのに、 大きな怪我もなく治療に臨めたのは、 

ちょっとした奇跡だったのかもしれません。

 

魚鱗癬の体質は湿度や体温の上がりやすさに左右されやすく、 さらに私は 反射嘔吐しやすい体質 でもあります。 

治療中に「オエッ」となりやすいので、 昨日の昼食はあえて 菓子パン1つだけ にして臨みました。

実際の治療では、やっぱり“オエッ”となる瞬間はありました。 

でも、片手が余るくらいの回数で済んだのは本当に助かりました。

 自分の体質を理解して準備したことが、ちゃんと効いたのだと思います。

 

治療は30分。 首の高さを丁寧に調節してくれて、 痛みが出ないように細かく配慮してくれる先生で安心しました。

口をゆすぐ回数が少なくて大丈夫かな、と少し不安もあったけれど、

 実際に気になったのは唇よりも “ほっぺたの痛み” のほうでした。

そして何よりありがたかったのが、 冷房の効いた治療室。 のぼせることもなく、

体温が上がりすぎることもなく、 無事に1本目の治療が終わりました。

 

治療が終わった瞬間、胸の奥がふっと軽くなって、 そのままの流れで 買い物に行きたくなりました。 

 

前から「クッション買いたいな」と思っていて、 ずっと探していたのですが、 

ようやく “これだ” と思えるものに出会えて、 無事に買うことができました。

あと2本。 来週も治療があります。 

晴れ模様でも治療できた昨日は、 梅雨の湿度 と、 体調の波が重ならないタイミング に 助けられていたのかもしれません。

魚鱗癬と反射嘔吐の体質。 そして女性特有の体調の波。

 去年の秋には踏み出せなかった一歩を、 ようやく進めた6月でした。

 

最後に、次回の治療日である6月20日は雨予報のようです。

もう少し楽に治療を受けられるといいな。

 

<買ったクッション>

 

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季節が変わり、少しずつ身体が軽くなる6月。 

魚鱗癬の私が今日直面した、ちょっとした出来事を綴ります。

 

6月に入り、ほどよい湿度が止まっていた時間を動かすように、 私の身体も少しずつ軽くなってきた。

 乾燥で固まっていた日々から、ようやく解放される季節。

行動できるようになった勢いで、 思い切って虫歯治療の予約まで入れた私。 

今年に限って人間ドックだけは時期がずれてしまいましたが、 その他の予定はこれからが本番です。

 

そんな“動き出した6月”の中で起きた、今日の大事件。 

イヤホンを自宅に置いたまま出かけるという大失態。

魚鱗癬の私にとって、イヤホンはただのガジェットではない。 

耳の中の湿度を守る“保湿キャップ”であり、 雑音から身を守る“生活の防具”でもある。

イヤホンがある日は、耳の中がしっとりしてスッと入る。 

世界は静かで、私は平和。 電車の音も、周りの話し声も、全部BGMに変わる。 

魚鱗癬の耳は乾燥しやすいから、 イヤホンがある日は本当に“世界が優しい日”なのだ。

 

けれど今日は、イヤホンがない。 耳の中は乾燥してカピカピ。 触ると痛い。 でも触らなくても痒い。

  どうしろと。 そんな矛盾を抱えながら、私は一日を過ごすことになった。

イヤホンがないと湿度がゼロになって、 痒みセンサーが勝手に暴走する。

 そして世界は突然、フルオーケストラのゲネプロを始める。

電車のアナウンスは堂々たるトランペット、 ホームに響く風の音は低くうなるコントラバス、 

お店のBGMは気まぐれなフルート、 買い物客の話し声は軽やかなヴァイオリン。

指揮者不在で、全員が好き勝手に演奏している。 私はただ静かに移動したいだけなのに。

 

魚鱗癬の私にとって、イヤホンは“音を聞く道具”ではなく、 耳の湿度管理装置であり、心の平穏の境界線。

 ある日は世界が優しくなる。 ない日は世界が勝手に演奏会を始める。

 

だから今日、私はまたひとつ学んだ。 

イヤホンは必需品というより、もはや生命線。

明日こそは絶対にイヤホン忘れないぞー。

 

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最近、ミスターカイトやリアライズを聴くと、胸の奥が静かに揺れる。

 

 40代になった今の自分に、こんなにも深く刺さるとは思っていなかった。 

 

気づけば、スキマスイッチは20代の頃よりも、 むしろ今の私の心に寄り添ってくれている。

20代の頃に聴いていたスキマスイッチは、 どこか“前へ進むための音楽”だった。 

明るさや軽やかさの中に、少しだけ切なさが混ざっていて、 そのバランスが心地よかった。

 

けれど、年齢を重ねるにつれて、 同じ曲たちがまったく違う表情を見せるようになった。 

ミスターカイトの曇り空のような空気は、 揺れながら歩く今の自分の速度にしっくり馴染むし、 

リアライズの静かな深さは、 言葉にできない感情の底にそっと触れてくる。

 

スキマスイッチの音楽は、 明るさでも、励ましでもなく、 “そのままの自分でいていい”と 

静かに肯定してくれるように感じる。年齢を重ねるほど、 音楽の聴こえ方が変わっていく。 

その変化に気づくたび、 自分の心の輪郭もまた少しずつ変わっているのだと思う。

 

そして今、 スキマスイッチはその変化のすぐそばにいて、 見えない部分をそっと支えてくれている。

スキマスイッチのライブに行くたび、 その時の状況や気持ちによって、 涙がこぼれる曲が毎回違う。 

それもまた、私が20年以上スキマスイッチを好きでいる理由のひとつだと思う。

 

ほかの好きなアーティストのライブでも、 その日の心の置き場所によって響く曲は変わる。

 

 けれどスキマスイッチだけは、 涙する曲が変わるだけではなく、 同じ曲が、まったく別の意味を持って聴こえる瞬間がある。

音楽そのものは変わっていないのに、 自分の心の深さに合わせて、 まるで表情を変えて寄り添ってくれる。

その変化はとても自然で、 気づいたときにはもう、 「この曲は今の自分のためにあるんだ」と思ってしまう。

年齢を重ねるほど、 音楽の聴こえ方が変わっていく。 

その変化を受け止めるように、 スキマスイッチの音楽はいつも静かにそばにいてくれる。

 

20年以上好きでいられるのは、 曲が変わらないからではなく、 変わっていく自分に合わせて、 いつも新しい響きをくれるから。

 

これからもきっと、 新しい曲に出会うたび、 そして同じ曲を聴き返すたびに、 また違う涙がこぼれるのだと思う。

スキマスイッチの音楽は、 私の“今”を映し出す鏡であり、 これからの私にも、 そっと寄り添ってくれる存在だ。

 

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自分には、20歳を過ぎてから急に芽生えた感覚がある。

 「したくない」とか「嫌い」とか、 そんな小さな言葉を口にするだけで、

 胸の奥がぎゅっと痛むようになったのは、その頃からだ。

 

会社に行きたくない朝がある。 ただそう思っただけなのに、

  会社に行きたくても行けない方々の存在が、 影のように心に差し込んでくる。

 

学校に行きたくなかった日もあった。でもその気持ちを軽く言葉にすると、

  学校に行きたくても行けない方々の痛みが、 自分の言葉に触れてしまう気がして、 どこか申し訳なさが滲む。

 

食べ物の好き嫌いも同じだ。 

青魚が苦手で、芋類は喉に詰まりやすくて、 甲殻類はアレルギーで避けている。

でも「嫌い」と言う瞬間、 自分の心が反応するのは食べ物そのものではなくて、 

その食べ物を食べたくても食べられない方々の存在。

 

「眠れない」もそう。 自分にも、痒みで眠れない夜がある。 

でもその言葉を軽く口にすると、 

痛みで眠れない夜を過ごしている方々の苦しみに 自分の言葉が触れてしまう気がして、 どうしても口が重くなる。

 

こんなふうに、 自分の“失礼だ”はいつも誰かの存在とつながっている。

なのに不思議なことに、 宿題や勉強に対して“したくない”と思うときだけは、 一度も罪悪感を抱いたことがない。

 

会社や学校や食べ物や眠りには、 “その状況に置かれた誰か”がすぐに浮かぶのに、

 宿題や勉強には、 「それをしたくてもできない誰か」の顔が浮かばない。

 

たぶん自分は、 生きることや身体のことに関わる部分にだけ、 特別に敏感なんだと思う。

自分の“失礼だ”は、 自分を責めるための癖ではない。

 

ただ、 世界のどこかにいる“誰か”の痛みや状況を 無視したくないだけなんだ。

 

ときどき、こんなふうに感じてしまう自分を 面倒だと思うこともある。 

 

でも、これが自分の世界の見え方で、 自分の心の形なんだろうな、とも思う。

 

そして最近、ある曲の一行が、 この感覚と不思議と重なった。

その人は“音”という存在そのものに誠実で、 自分は“その状況に置かれた人”に誠実でいたい。

観点は違うのに、 どこか同じ方向を向いている気がして、 あの一行が胸に深く刺さった。

 

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竹原ピストルさんのフリーLIVEは、
前々から「開催されたら行きたい」と思っていた。

開催発表は1ヶ月前だったけれど、詳細が出たのは開催の1週間前。
有休を全日で取るか、半日で行けるのか、ギリギリまで決められなかった。

「休みます」とは伝えていたけれど、“全日か半日か未定です”という状態で、
正式に半日有休を申請したのは1週間前。

通常なら許されないのかもしれないけれど、
非難されることもなく、ただ受け入れてもらえてホッとした。

そして、たまたま人間ドックの3日前。
もし日程が違っていても行っていたと思うけれど、
この“たまたま”が今の私にはちょうどよかった。
気持ちが少し重かった時期に、気合いを入れてもらえる気がしたから。

当日、いつもなら夕方に連携されるデータが、この日に限って午前中に全部そろった。
半日勤務でも翌日に持ち越すことなく、データ入力がきれいに終わった。

仕事がスムーズに終わったことで、気持ちに余裕を持って会社を出られた。

まずは会社近くのマクドで軽く食事。
地下鉄から阪神電車に乗り換えて、車窓からの景色をゆっくり眺める。
途中、快晴の時間帯もあって少し嬉しくなった。

会場へ向かう途中で少し道に迷ったけれど、無事にCDを購入。
時間まで店内を散策して、
トイレが広くてきれいなお店を探してお手洗いも済ませた。

集合場所近くにちょうど椅子があって、そこで1時間ほどゆっくり過ごす。

優先エリアの集合場所で待っていると、
隣のお二人が「番号が違うから一緒に見れない」と話していた。

私は昔から、人の持ち物や会話をつい観察してしまう癖がある。
じっと見るのは失礼だから、
うっすら見えた整理番号の末尾だけ確認したら“7”。

私は18番。
「これは17番の可能性が高い」と思って、思い切って声をかけた。

見せてもらうと、やっぱり17番。
もう一人の方が持っていた22番と交換しませんか、と提案すると、
とても嬉しそうに「いいんですか」と言ってくださった。

この交換のおかげで、
リハーサル後にサイン会のテーブル近くへ場所移動することができた。
あのまま18番の位置にいたら、
きっと動きにくくて、帰宅時間も遅くなっていたと思う。

小さな勇気が、この日の“流れの良さ”につながった気がした。

雨模様で少し濡れてしまったけれど、
ミャクミャクのタオルハンカチを頭に乗せて対策しながらLIVEを観た。

サイン会では、
車椅子の方の後ろについて行ったおかげで、
早めに順番が回ってきた。

終わったあと、ギリギリのタイミングで快速うれシートの座席を確保。

地元に戻ったら折りたたみ傘じゃ足りないほどの土砂降り。
折りたたみ傘は開いたり畳んだりがしにくいので、
地元に帰ってくるまで一度も傘を使わずに済んだのは本当に助かった。

最後の最後で雨に追いつかれたけれど、
それでも「今日は本当にツイていた日だった」と思えるくらい、
公私ともに流れが良かった。

そして何より、
あの日の竹原ピストルさんの声が、
人間ドックへ向かう私の背中をそっと押してくれた。

小さな偶然が重なった日って、こんなに心に残るんだな。

 

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いつもの出勤時間より少し遅めに家を出た。
今年は通院の予定に合わせて、例年より一週間早い人間ドックでした。
昨日しっかり皮膚の手入れをしていたので、湿度の低い今日でも問題なく過ごせました。

受付を済ませて、いつもの順番で検査が進みました。
尿検査、採血、身体測定、レントゲン、問診、心電図、胸部エコー、胃カメラ、乳房エコー。

採血は今年も血管が出にくく、二人がかりでした。
結局、手先からの採血になりましたが、一度で終わったので良かったです。

聴力検査は聞こえたらすぐボタンを押すだけでした。
視力検査は相変わらず画面が暗くて見にくく、右1.2、左0.8でした。

身長と体重は去年とほぼ同じでしたが、体重が少し落ちていて、体脂肪も減っていました。
肺活量も去年より良かったようです。

胃カメラは、今年は中止になりました。
今年も経鼻でしたが、魚鱗癬の影響で粘膜の乾燥が強く、最初から角度に違和感があり、

痛みが強くなりそうだったところで、検査の方が中止を判断してくれました。
結局、麻酔かけただけで終わりました。
経口は唇が割れるので避けています。
来年は病院を変えるか、胃カメラはパスでもいいかもしれません。

胃カメラをしなかったので、乳房エコーも去年とは違って眠くなったりしませんでした。
すべての検査が終わったのは、ちょうど「食事を開始しても良いですよ」と言われた時間帯でした。

着替えをしようとしたとき、他の受診者の方が入ってきたので、肌を見せられない私は手を止めて、

静かに出ていくのを待っていました。
今回はオプション検査を受けなかったので会計もなく、着替えてそのままクリニックを出ました。

ランチは数種類のお店から選ぶ方式で、去年と同じお店のハンバーグランチにしました。
温かいものを食べると、少し落ち着きました。

そのあとレディースクリニックへ薬をもらいに行きました。

毎年、人間ドックの後は“お楽しみ時間”を作っています。
今年はどうぶつ王国にしました。
水族館の方が好きですが、たまには違う場所でもいいと思いました。

柵のないエリアでは、真上に動物がいて驚きました。
レッサーパンダやフェネックを見て、写真をいくつか撮りました。

帰りに地元でコロッケを買って帰宅。
今年の人間ドックは、無事に終わりました。

 

最後に写真をちょこっとだけ載せておきますね(^o^)

 

人間ドック後のランチは《ハンバーグランチ》

 

息抜きにのつもりで行ってきた《どうぶつ王国》

 

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魚鱗癬の特集を見た人は、どんなふうに感じるのだろう。
「大変そうだな」と思う人もいれば、
「こんな病気があるんだ」と初めて知る人もいるのかもしれない。

画面に映るのは、魚鱗癬の“ほんの一部分”だ。
ケアの大変さや、乾燥との戦い。
けれどその向こう側には、笑ったり、出かけたり、
推しのライブに心を躍らせたりする、いつもの時間が流れている。

病気とともに生きているけれど、
病気だけで生きているわけではない。
そんな当たり前のことを、そっと思い出してもらえたら嬉しい。

その“最初の気持ち”は、きっと自然なものだと思う。
ただ、画面には映らない日常が、私たちには確かにある。

朝起きると、まず肌の状態を確かめる。
乾燥している日もあれば、湿度で少し楽な日もある。
季節や天気に左右されるのは、もう長い付き合いだ。

魚鱗癬の症状は、思いがけない速さで変わる。
その変化につられて心も揺れて、静まる前に次の波が来ることがある。

昔の私は、見られることが怖かった。
夏でも長袖長ズボンで、肌を隠すことが当たり前だった。
日差しよりも、人の視線のほうが気になっていた。

秦基博さんの『鱗』が世に出たのは、たしか2007年頃。
私はもう大人になっていたけれど、
「身にまとったものを捨てて泳いでいけ」という言葉は、
子どもの頃から抱えてきた気持ちに触れてくるようで、
まっすぐに聴くことができなかった。

曲そのものは大好きなのに、
“昔の自分”が反応してしまうような痛さがあった。
脱ぎ捨てられないものを抱えて生きてきた私には、
あの言葉が、少し眩しすぎたのだと思う。

でも今は、必要以上に隠さない。
暑ければ袖をまくるし、風が気持ちいい日はそのまま歩く。
街を歩く人たちの中に、私も自然に混ざっている。

初対面は今でも緊張する。
けれど、推し活で会う人たちは、
私の皮膚を見るために会うわけではない。
同じ音楽を好きな人として、ただそれだけで向き合ってくれる。

魚鱗癬という病気は、確かに私の一部だ。
でも、全部ではない。
隠していた頃の私は、その“全部ではない部分”まで
覆い隠してしまっていたのかもしれない。

『鱗』の歌詞は、今は少し違って聞こえる。
捨てられないものがあっても、
そのまま泳いでいけるのだと、そっと背中を押されているように感じる。
病気を抱えたままでも、前に進んでいいのだと。

秦基博さんのファンの方がこの文章を読んだら、
こんなふうに曲を受け取っている人もいるのだと、
ほんの少しだけ知ってもらえたら嬉しい。

魚鱗癬の生活は、テレビで切り取られるよりも、
もう少し揺れていて、もう少し忙しくて、もう少し人間らしい。
その中で続いていく日々を、静かに抱えながら生きている。
 

 

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今日は少し寝坊してしまって、10:50に起床。
でも急がなくても間に合う時間だったので、
朝ごはんを軽く食べて、ゆっくり身支度。

11時半のバスに乗って電車を乗り継ぎ、スタジアムの最寄り駅へ向かった。

着いた頃にはイベントはほぼ終わりかけだったけれど、
お笑いステージを少しだけ覗けた。
そのあと岡山県のブースに並んだのだけど、
ここが今日いちばんヒヤヒヤした場面。

列がぎゅっと詰まっていて、
前後左右の人が日傘を差したまま並んでいて、
角度がちょっと危なくて
「これ、顔に当たらないかな…」とずっと気を張っていた。
怪我しなくて本当に良かった。

そんな緊張の中で挑戦した人生初の射的。
まさかの一発で備前焼のおちょこをGETして、
「え、私できるんや…」とちょっと感動した。

チケットを引き換え(障がい者用のチケットなので引き換える必要がありました)て入場し、
まずは席に荷物を置いてからお手洗いへ。空いていたので、通常のトイレに入りました。
タコさんウインナーを買って、座席で軽く食べながらファジアーノ岡山の応援を眺めていた。

アウェイ席は隣県ということもあって、ほぼ満席に近い盛り上がり。
声の出し方やリズムがホームとは違っていて、「こういう応援文化なんだな」と感じられて面白かった。

試合はというと、なかなか流れをつかめず、後半も得点できないまま3失点。
悔しいけれど、アウェイの盛り上がりを間近で体験できたのは今日ならではの楽しみ方だった。

ハーフタイムは軟膏を塗りたかったので多目的トイレへ。
出口が遠かったので、通路からゲストのダンスパフォーマンスを
少しだけ見られたのも、ちょっとしたラッキー。

試合後は余韻に浸りながら出口が空くのを待ち、
タイミングを見て退場。
臨時バスに乗ってスムーズに帰宅できた。

家に帰ってからは大相撲を観戦。
大関・横綱は負けてしまったけれど、
好きな力士が勝ったので複雑な気持ちのまま嬉しかった。

そのあと世界卓球が始まり、
一人目だけテレビで観戦して、
残りはネットで経過を追いながらゆっくり過ごした。

暑い一日だったけれど、
スタジアムの中は心地よい風が吹いていて、
冷感タオルを使わずに済んだのもありがたかった。

日傘のヒヤヒヤも、射的の感動も、
アウェイ応援の迫力も、全部ひっくるめて“今日の一日”だった。

 

帰り道、スマートフォンの電池が最後まで持ってくれたのも嬉しい出来事でした。
設定を見直したおかげで、今日は安心して過ごせました。

これで今年の“決まっていたお出かけ”はひと区切り。
次にまたどこかへ行ける日まで、日々を大切にしながら元気に過ごしていけたらいいな。












 

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ただの連休の記録ですが、よければお付き合いください。

我が家特有の用事(介助案件)もなく、いつもの休日のように、ゆっくりと過ごすことができた。

外出したのは5月2日、5月4日、5月6日の3日間。

近場が空いていたこともあって、食事をして、買い物をして、その流れをのんびり楽しめた。

5月2日
家でお昼ご飯を食べてから買い物へ。母親にAEON Payの使い方を伝えた。

店内が空いていたので、ゆっくり服と靴を見ることができた。

5月3日
お昼過ぎまでゆっくり寝て、テレビを見ながらのんびり過ごした。

5月4日
スシローでランチ。いつもと同じくらいの量を食べられて、ちょっと嬉しかった。

この日は父親のデイサービスの帰りが1時間遅い日で、慌てて帰らなくていいというだけで気持ちに余裕が生まれ、

落ち着いた店内でゆっくり食事と買い物ができた。

私は聴覚過敏や視界の刺激が負担になることがあるため、仕切りのある店や静かな空間を選ぶようにしている

(この記事参考に→目に見える光景は刺激物?

5月5日
お弁当を食べて、そのあと、ゆっくり皮膚の手入れをしてもらう時間にあてた。

5月6日
洋食屋さんでオムライスを食べた。

数えるほどしか行ったことのない、普段利用しないお店だったので、新鮮な気持ちになった。

食事も買い物も穏やかに楽しめた。

外食のときぐらいしか母親とゆっくり話す時間がないので、祝日は良い機会だと感じている。

母親のことは苦手意識が強いけれど、今回はその“苦手”をあまり感じずに一緒に過ごせた。

自分でも少し驚くくらい、静かでやさしい時間だった。

今後の祝日も、こうして穏やかな気持ちで過ごせますように。


皆さまは、どんな休暇を過ごされましたでしょうか。

 

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私の休日は、その日の予定や体の状態によって、ゆっくり形を変えていく。
決まった過ごし方があるわけではなくて、気持ちや体調に合わせて自然に流れていく感じが近い。

平日の疲れが残っている土日は、気がつくと13〜14時ごろまで眠ってしまうことが多い。
起きてもしばらくはぼんやりしていて、コップ一杯のお茶を飲みながらボーッとしたり、
そのまま軽く食事をしながらテレビを眺めたり、スマホを見たりして過ごしている。
この日は「休む日」として過ごすことが多くて、夜になると少しずつ頭が動き出し、
深夜に文章が浮かぶこともある。

自分の用事がある日は、眠さよりも「行きたい」という気持ちが先に立つ。
スポーツ観戦の日は、まず鞄にその競技のキーホルダーを付けるところから準備が始まる。
この小さな動作が、私にとっての最初のスイッチになっている。

野球やサッカーの日は、ユニフォームっぽい服に着替えると、気持ちがふっと前に向く。
「今日は応援の日だな」と思えて、体も自然に動き出す。
バスケットの日はユニフォームを持っていないので、服装で気持ちを切り替えるというより、
家を出る直前に「そろそろ行こうかな」と時間配分を考え始めたあたりで、気持ちが整ってくる。
どの競技でも、会場に着く頃にはすっかり観戦モードになっていて、帰る頃には「行けてよかった」と明るい気持ちが残っている。

祝日は、11時前後に起きることが多い。
ただ、それは自然に目が覚めるというより、家族が決めた予定があるから起こされて起きる日。
本当はもう少し寝ていたい気持ちのまま、ゆっくり体を起こしていく。
その日の皮膚の状態によって、外に出るしんどさが変わることもある。
それでも、出かけてしまえば「買えてよかった」「食べられてよかった」と、
帰る頃には気持ちが少し明るくなっている。

私の休日は、

自分のペースで休む日、自分の気持ちで動く日、

家族の予定に合わせて動く日。
その3つが、体調や気持ちと重なりながら、静かに切り替わっていく。
どんな休日でも、行くまでは少し重さがあっても、

帰る頃には「行けてよかった」と思えていることが多い。
それが、今の私の休日のリズムになっている。

 

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