アプリケーションを
オレゴン大学に送ります。
いっしょに
ホームステイに提出する紙も。
趣味とかどのぐらい家事するかとかアレルギーとか。
いろいろチェック!!
花粉症のことは特に書きませんでした(/o\)
電話番号に
81 (日本の国際電話の番号)つけるの忘れないようにしなきゃ!
ドキドキだー
ホームステイは誰になるのだろー
こどものいる所がいいな!

でもそういうのは選べないから。

かみさまにお任せするのです。

どんな状況でも

かみさまが与えてくれたものは

すべて受け入れようと思ってるよ







私はここに来てときどき教会に行っていた。ホストファミリーがキリスト教であるわけではない。たまたま私の家の近くに教会があるので行っていた。

 しかし、私は今教会に行きたくない。行きたくない。本当に行きたくない。最近「死」について考えさせられるようになった。一日中それについて考えているので毎日が暗い。毎日ふとした瞬間に涙が出てしまう。つらい毎日だ。実は私のだいすきなホストグランパが余命1カ月と宣告された。最初はこのことについてここに書くべきか迷ったがそのことばかり考えていている上、感情の高まりが普通ではないので書くことにした。

 私にとってホストグランパは本当のおじいちゃんのような存在である。ホストファミリー自体、本当の家族のようなものだ。私は日本にいる時、一刻も早く家を出たくてしょうがなかった。だから、ここに来て、ホストファミリーが本当の家族のように思えて仕方がない。おかげで日本にいる家族と話したいと思ったことがない。

 私にとってホストファミリーを失うという事は、自分の体を失うかのようにつらいことである。もうすぐ死ぬとわかっている人にどう接すればよいのだろう。最初はグランパを見るだけで涙がでてしまっていた。しかし相手の立場に立ってみればそれがいかに酷なことであるか、言うまでもない。一緒にいてあげること。いつでも一人ではないということを伝えてあげることしかできない。

 死の宣告を受けた次の日、私はハウスメイト(一緒にステイしているコリアン)といつものように家に帰ってきた。帰り道、私はあまりグランパのことについて話したくなかった。しかしハウスメイトの彼女はYesterday,I was surprised…I’m OK .. everyone will die..とあたかも軽いできごとのように捉えているようで私はとても腹が立った。私は絶対にI’m OKとは言えない。強がってそう言うかもしれない。しかし実際にOKということはない。その次に彼女の口から出てきた話題が、明日友達が手術を受けるということだった。私は、それは大変だと思ったが聞いてみるとそれは鼻の形を整える整形の手術だった。これには私も言葉を失った。嫌みったらしく、手術なんて普通は生と死をさまようような人が受けるものなのに、かわいくなるために手術をするなんてなんて恵まれてるの!stupidだ!と言った。でも韓国人はほとんどが整形手術をしているらしい。それが文化だと彼女は言うのだ。そして友達が整形手術を行ったら私もうらやましく思う。と。私はそんな文化なんか無くなることを願うわ、と切り返したが、もうそれはできない。みんなやっちゃってるんだから。と言われた。私は本当に腹が立った。彼女に対して一度も怒ったことはないし、この上ない素敵なハウスメイトだと思っていたがさすがに私は怒りを感じ一人になりたいと思った。なんでこのような話ができるのだろう。

 この事を日本人の友達にもらしてみるとキリスト教(ハウスメイトはキリスト教)は死ぬということは神に会えるということ。またそこで生を得て、その上、神と一緒に暮らせるということになるから、死ぬということはありがたいことと考えているのだからわかってあげてと言われた。私はこれにも腹が立った。もしあなたの母親がそんな立場にあったらそんな風に思える?と彼女に言ったが、その答えが来週、教会においでというものだったので私は今、教会に行きたくない。キリスト教のような考え方ができないからである。

 教会に行き、バイブルを読み、私はキリスト教をわかったつもりでいた。しかし実際はわかっていなかった。私はわからない。死後、神様に会えるから死ぬということはありがたいことなのか。神に会えるという事はそんなにも嬉しいことなのか。死ぬ人が神に会えたとしても私は死んだ人には一生会えない。どうしても自分主観で考えてしまう。

 今、ここアメリカに来て私は一番孤独感を感じている。周りに同じ考え方の人がいない。私は死ぬということは一生の別れであり、恐怖であると考える。しかし私の周りの人は死ぬということを恐怖でないように思っているようで仕方がない。軽いものと考えているように思えるのだ。毎日親戚が最後の別れを言いにやってくる。なんてつらいのだろう。家族もつらいだろうに泣いている姿を見せない。目を赤くしても涙は見せない。強くならなくてはいけない。私も頑固に自分の意見に固執していてはいけないのだろう。人と人は繋がっているように見えて結局を別れていると感じずにはいられない。つらい毎日が続く。

Baby showerとは日本でいう出産祝いのようなパーティーでだいたい出産の1,2カ月前に行われる。集まった人たちはベビー用品をプレゼントする。今回はだいたい15人ぐらい集まったがプレゼントを開けるのに2時間ぐらいかかった。本日の主役はベビーの洋服を50着はもらっていたと思う。それぐらいアメリカのプレゼントは規模が大きかった。日本にいる時になぜバーバリーやティファニーなど高級ブランドのベビー洋服が売れる(業績を伸ばしている)のか調べたことがあった。結果は出産祝いの時に会社の同僚などでお金を出し合ってプレゼントを買う時などに高級ブランドの洋服は使われるというからだというものだった。しかしここアメリカの人たちはブランドなど関係なく、本当に赤ちゃんに必要なものをたくさん買うという傾向があるようだ、麺棒やおしめなど、このような安いものもプレゼントに含まれる。ブランドにこだわるのは日本ならではなのかもしれない。



そしてリサーチしていくうちにベビザラスの便利なシステムを知った。

まず妊婦さんはベビザラスで揃えたい商品のリストを作る。妊婦さんは欲しい商品をあらかじめ登録しておき、プレゼントをあげる人はそのリストの中から選ぶことができる。リストはコンピュータ管理されているので、プレゼントが重なって困ることがない。プレゼントを買う人(Babyshowerに招待された人)はバーコード読み取り機と必需品のリストを渡され、店内へ行く。そしてそのリストの中から自分が買うものを選ぶ というものだ。



またベビーシャワーの前日はカラフルなクリームやチョコレートを使ってかわいらしいクッキーをたくさん作った。ほかにおしめでダイパーケーキを作った。(上写真)このようにアメリカ人は楽しんでもてなす心意気が日本人より旺盛だと思う。



Baby showerのゲーム

・おかあさんのお腹の長さを図るクイズ

妊婦さんのお腹周りの長さを当てるゲーム。自分の思った長さにトイレットペッパーをカットする。一番近かった人が勝ち。

・おしめの中にチョコレート

おしめの中にチョコレート(スニッカーズ、TWIXMilkeyWayなど5種類)を入れてオーブンで温める。そしてどのチョコレートがどのおしめの中に入っているか当てる。外見は我慢ならないものだが楽しめる)




ここに来てつくづく思うのはアメリカ人はもったいないとか言わず、その場その場のパーティーを思いっきり楽しむということだ。プレゼントの開け方も日本人だったらこの紙かわいいから!と包み紙をきれいに畳んでおくけれどもアメリカ人はビリビリと開けてそのままゴミ箱へポイとする。部屋の中の凝った装飾にしろ、パーティーは盛大に楽しむ!これがアメリカ人のポリシーのようだ。

アメリカ人はお金が無くてもイベントがあるごとに先を顧みずに物を買う。だから経済は成り立っているというのを聞いたことがある。確かにそうかもしれない。でもそれがアメリカ人の人生の楽しみ方。アメリカ人が人生を楽しむのが上手い。アメリカに来てとても楽観的に物事を捉えることができるようになった気がする。日本が自殺大国と言われる意味もわかる気がする。アメリカ人のように人生楽しもう!と思うこの頃である。









 今週末、私はホストファミリーの驚くべき真実を知ったのだ。その真実を知ることになった過程はこうである。

ラスベガスで入ったレストラン。そこは人がごった返していて私たちは何分か待たなくてはならなかった。そこでお父さんがレストランの前にある順番のボードに名前を書いた。「JOE」と書いた。そこで私はまず驚いた!日本では順番待ちのボードにファミリーネーム(名字)を書くからだ。韓国人のホストシスターにも韓国ではどのようなシステムか聞いてみた。韓国でもファミリーネームを書くことは無いらしい。日本でもし私が「ヨシコ」と書いたらば、笑い者になってしまうだろう。

そして私は常々気になっていて聞くチャンスを逃していた質問をお父さんに問いかけた。“家族のファミリーネームが2つあるのはなぜ?”私はミドルネームかと思っていたのだ。しかしそれはお母さんが再婚したからであった。再婚したので前の名字を使っているのだというのである。その上、ホストシスター(私の家には21歳の姉と17歳の妹がいる)はそれぞれ違う父親だというのだ。これには驚いた。21歳になったラティーナとお父さんは血が繋がっていないということなのだ!この信じられない事実を躊躇なくお父さんは私に言ってくれたので私も表面上ではそうか、そうか、とそれほど驚かないふりをしていたが実際、大声を上げたいぐらい驚いた。とてもそのようには見えなかったからだ。ラティーナとお父さんも普通の親子に見える上、姉妹同士も似ていてとても仲が良いからである。

このようにまでも驚いてしまう私はやはり日本人の柵に縛られた考え方捨て切れていないのだろうか。血が繋がっている、血が繋がっていないなんて実際関係ないのかもしれない。

調べてみるとアメリカでは、96%の人が結婚を望み、90%が結婚する。そして、その半数が離婚するのだ。それでも結婚はもうしたくないと考える人は少ない。相手を変えればうまくいくだろうと考える人がほとんどなのだ。離婚経験者の75%が再婚し、そのうち10組に6組は離婚する。本当に離婚大国である。この調査結果からわかるのは、アメリカ人は自分が悪いのではないと思っていることであろう。うまく行かなくなったら次の人と供に美しい人生を歩むのだというのがアメリカ式の考え方なのだろう。日本では離婚経験者が再度、離婚しるということはなかなか聞かない。離婚2回目となると自分に否があるのではないかと考え始めるのが日本人の常識である。

これは結婚に限らず私たちの年代の男女交際にでもいえるのではないだろうか。男女の交際関係をメールボックスに例えた表現を聞いたことがある。男は彼女に対して「名前を付けて保存」に対して、女は彼氏に対して「上書き保存」らしい。男は元カノのことを引きずり、なかなか次の彼女をつくれない。それに対して女は新しい彼氏を作って元カレのことをすぐ忘れるというのだ。この例えに日本とアメリカの夫婦関係を当てはめるのであれば、日本人は「名前を付けて保存」に対してアメリカ人は「上書き保存」をして一生を過ごすのだろう。

なぜここまでアメリカの離婚率が急増したのであろうか。その理由の1つにアメリカの離婚制度が挙げられる。アメリカでは、どちらかに不倫や虐待などの落ち度がなくても結婚を解消できるという制度が30年前から設けられている。結婚生活のやり直しができないとどちらか一方が判断すれば夫婦の合意がなくても離婚できるのだ。

州によって制度は様々だが不倫などの理由が無くても1年間ほど別居すれば離婚が成立する州がほとんどだ。この「無責離婚(no-fault divorce)」法は、カリフォルニア州で1970年に制定された。(署名した当時の州知事はレーガン元大統領)30年前からこのように離婚が頻繁になっていたのだというから驚きだ。

その他に宗教の存在が弱くなったことが挙げられる。離婚を認めないカトリック教会は、結婚を無効にし、存在しなかったものとみなす形で、実質的に離婚を認めている。神様までもが離婚を認めるのであれば、アメリカ人も離婚に罪を覚えることはないだろう。

もし私に子どもがいて、夫に不満があり、離婚をしようと考えた時、離婚するだろうか。私だったらまず、子どものことを考えてしまう。離婚をして一番大きな被害を受けるのは子どもだと思うからだ。名字が変わって学校でいじめられるかもしれない。父親がいない子どもはかわいそうで仕方がない。やはり子どもには父親と母親がいて夫婦円満な家庭で育つのが一番良いことだと思うからである。しかしアメリカではそのような考え方をする人は少ないようだ。離婚カップルの3分の2は子どもがいて、年間で100万~20万人の子どもが親の離婚を経験しているのだ。このような背景を考えると私は離婚に対して反対せずにはいられなかった。しかし私のホストファミリーを見ていて少し考えが変わった。必ずしも離婚が子どもに与える影響が悪いものとは限らないのである。血が繋がっていない人と過ごすことによって、家族だけでなくいろいろな人に対して優しくする事を学ぶかもしれない。家の中にのみ籠るのではなく、社交的な子どもに育つようになるかもしれない。離婚が悪いことと考えることもいつしか時代遅れだと思われる時が来るのかもしれないのだ。

アメリカに来て様々な形の家族の形があることに驚いている。本当に様々なのである。家族の定義というものがここにはない。血が繋がっているものが家族だとも限らないのだ。家族とは一体何なのだろう。きっと家族といって一つの家の中にいる人たちを区切ってはいけないのだと思う。もっと大きな目で見る必要があるのだろう。町中みんな家族だ、地球に住む人みんな家族だ。こんなにもかっこいい事はなかなか言えないけれど、このように考えれば、周りの人すべてに優しくなれるような気がするのだ。家族なんて以外と脆いものなどと考えるのではなく、どの人にだって家族になる可能性があるのだという前向きな考え方をして生きていきたいものだ。



私は最近、Japanese Conversation Partner としてUOの学生に日本語を教える活動をしている。先週はそのパートナーに家で映画を観るから遊びにおいでと誘われ、友達と遊びに行った。部屋に入るなり、驚いたのが日本のアニメのポスターが部屋一面に貼られていたことである。思わずたじろいでしまうほどであった。日本人である私よりもアニメに関しては知識があるようだった。他にも2人UOの学生がいたがどの学生も日本のアニメについてよく知っているのには感心した。私もアニメ通であったらもっと盛り上がった話しをできるのだろうなと後悔の念にかられるほどである。そして観た映画が日本の映画「ファイナルファンタジー」である。(音声は日本語で英語の字幕というパターン)日本で大人気のゲームの映画だ。実際、私はアニメやゲームに興味が無く、アニメの映画を観るのも小学生以来だった。しかし観てみるとこれが実におもしろい。もはや時代はアニメでなく、コンピューターグラフィック。まるで本物の人間が動いているようなのだ。見どころは戦闘シーンである。人間同士が戦うのだが地上の戦いでなく空を飛ぶ戦いなので臨場感がある。血みどろの戦いでも次の習慣には完璧にきれいな体に戻っているのでグロテスクなシーンが嫌いな女性も見やすい。そしてたかがアニメと思いきや、感動的なことを言っているのだ。観終わった後は、生きているってすばらしいという達成感に似た感情に包み込まれた。

しかしなぜこんなにも日本のアニメは人気なのだろうか。

考えられる事の第一に上にも書いたように、メッセージ性が強いことが挙げられる。日本のマンガやアニメには、「友情」「成長」「努力」とか、どれも自分もヒーローになるというポジティブ志向がある。

次に挙げられるのが完成するスピードの早さである。例えばフランスのマンガは確かにフルカラーで美しいが、値段が高く、同じシリーズでも23年に1回しか出ない。こうなると忘れられてしまう。しかし日本のマンガは、モノクロで200ページくらいのものが3カ月おきに出る。頻繁に出てきて、それが読む人の生活のなかにうまく入っている。マンファが生活の一部になっているのだ。高校生の頃はよく「今日は○○の発売日だ!」と騒いでいる友達がいたのを思いだす。

 また、年齢層が幅広い。もはやアニメは子ども向けのものではない。子ども向けに作られていると思いきや、大人も納得してしまうようなストーリーなのである、幅広い年齢に支持を得ている。

 それに加えて、映像技術の高さも忘れてはいけない。日本の映像技術は世界でもトップクラスである。ファイナルファンタジーを観ても、それがよくわかった。

 このように日本の新しい文化であるアニメは海を越えて多くの人から支持を得ている。日本人である私以上に外国の人からの支持が強いがこれは日本人として誇りを持っていいものなのだろう。日本の外へ出て日本客観的に見ることができるようになってから学ぶことも多い。自分の国の文化を広めるだけでなく、自分の国はどのように見られているのか知ることも海外において大切なことである。

私はここオレゴン大学に来てJSOJapanese Sociality Organization)という委員会のミーティングに毎週参加している。AEIにいるだけではなかなかUOの授業を取っている学生たちとの交流が図れないなと思い参加し始めたコミュニティーだが人脈意外にいろいろなものが得ることができる。

このコミュニティーの目的は12月に開催されるジャパンナイトの企画と運営だ。ミーティングには毎週50人ぐらいの人が参加している。日本人ばかりのコミュニティーと思いきや、JSOにいるうちのほとんどは日本人でない。これだけ日本に興味を持ってくれる人がいるのは日本人としてうれしいことだ。

まずジャパンナイトのテーマを決めたのだがそのテーマがおもしろい。外国の人が抱く日本に対するイメージがよくわかる。「ヤクザ」や「ケンダマ」、「べんとうボックス」「みそスープ」「原宿」「空手」などのテーマの提案があった、一番驚いたのは「宮崎」である。東国原知事が話題になったのかいつのまにか宮崎県までもが日本の象徴になっている事に東京生まれの私は初めて宮崎県に対してライバル意識を持った。結局今年のジャパンナイトのテーマは多数決で「J―TV」(ジャパンのゲームやテレビドラマなど)に決まった。これもまた驚きなのだが日本のテレビゲームやアニメは人気である。(私はどちらかというとアニメやゲームはつまらないと思う部類に入るので個人的にあまりうれしくない)外国の人の日本に対するゲーム熱の熱さにはいつも驚かされる。そして理由が知りたくなる。やはり器用な日本人の描くマンガの繊細さと任天堂とマリオの影響なのだろうか。

例えば私のペルー人の友達は日本に来たのは秋葉原に行くためというくらい日本のアニメが好きだった。アニメのフィギュアやマンガを買いすぎて空港で重量オーバーで2万円とられたくらいである。ペルーには「アキハバラ」という日本のマンガ専門店があるらしい。こうなってくると日本人として日本のアニメのことを知らないと外国の人と話を合わせられないのではないかと思えてくる。自国のものなのに他国の人からの支持の方が強いというものがあるのには驚きだ。

次にジャパンナイトを運営するに当たってセクションに分かれて活動を始めた。私は料理が好きなのでフードセクションに入った。フードセクションではジャパンナイト当日のべんとうボックスの中身を考えて用意する。

そこで出てきたのは「しょうがやき」「からあげ」「きんぴら」「切干大根」「カッパ巻き」「海藻サラダ」「揚げ豆腐」「おせんべい」などである。ここでも日本料理を英語で説明するのにてこずった。一番苦労したのは「豚の角煮」と「ひじき」だ。角煮は角煮でもただ四角い豚肉を煮ただけとは違う。ひじきは海藻だけれどその海藻の説明がつかない。なかなか目で見たことの無いものをイメージしてもらうのは難しい。

このように日本で生活していた頃は何も思わなかった食べ物だがここに来て日本の食べ物を客観的に見ることができておもしろい。

例えばくずもちの写真を見せた時、私の友達は黒蜜ときなこを見て「チョコレートとシナモンだ!おいしそう!」と言っていた。きなこは大豆からできたものだと説明したがなかなか想像してもらえなかった。

また先日、家でオレンジページ(料理雑誌)を見ていたときにキムチしゃぶしゃぶを見て食べたいとリクエストがあったので作ったのだが、その時のサイドメニューがナンだった。どうやら私がスパイシーなスープと説明したのでインド料理を想像したのだと思う。日本ではこのようなことはないがここではいろいろな文化の混じり合いを見ることができる。

何よりも自分の国の文化を客観的に見ることができる事は大きい。先日ミーティングでも言っていたが、アメリカに来て外から受ける影響も大きいけれど、それ以上に自分の国について知ることも大きいと最近つくづく感じる。これからも日本人に恥じない日本人になれるようしっかり日本のことを心得ておきたい。

週末に寮に泊まりに行って騒ぎすぎたせいか風邪をひいてしまい、鼻を詰まらせながら授業を受けている。寮へ初めて行ったがやはりホームステイが一番だと思った。今回はホームステイと寮との違いをまとめてみようと思う。

そもそもなぜ寮に泊まりに行ったかというと寮に泊まっている友達の誕生日会が開かれるからであった。まだここに来て一カ月も経っていないのにこんなにも祝ってもらえるなんて幸せ者だなあと思うくらい盛大に行われた。私は友達の家で肉じゃがを作って寮に持っていた。他にも寮のキッチンを使って入れ替わり立ち替わり、10人ぐらいでカレー、ポテトサラダ、ヌードル、ハンバーグを作った。これだけのことをできるのも寮の良いところだと思う。なかなか大勢の友達でみんなんで料理はできるものではない。

そして寮の中の1つの部屋を使って夜食パーティーをして盛り上がった。これもなかなかホームステイではできない。やはり家族に迷惑だからだ。ホストファミリーにステイさせてもらっている限り、自分のことよりも家族のことをまず考えないといけないというのが寮とホームステイの一番の違いだろう。

また寮は夜遅くまでジムなどで体を動かすなど友達と遊んでいられる。そのような意味では寮の方が友達との関係は深いものになるのかもしれない。

しかし、ホームステイの方が得るものは大きいと思う。やはり英語力はホームステイの方が伸びるだろう。強制的に英語漬けの環境に浸かることができるからである。そしてアメリカの文化というものもよくわかる。アメリカ人は、朝ご飯は個別で食べる習慣があったり、洗濯物は決して外に干さなかかったりとアメリカの家庭の中に入らなければわからないことはたくさんある。

しかし私はここに来る前は留学するなら絶対に寮。と決めていた。オレゴン大学のプログラムは寮でないのでアメリカの他の寮を使うことのできる大学にしようとしていたのだ。直前までオレゴン大学にするかは迷っていた。

なぜホームステイが嫌だったのか。まず第一に、ホームステイには当たり(自分にとって住みやすい環境)とはずれ(自分にとって住みにくい環境)があるからだ。もしご飯もろくに作ってくれない、扱使われる家庭に入ってしまったら半年間つらいものになるのではないかという不安があった。その次に実際、私自身もホストファミリーとして2回留学生を受け入れた時(それは2週間だったのだが)やはり半年間も同じ屋根の下で暮らすとなると絶対に不満がでてきて耐えられなくなるのではないかと実感したからだ。

しかし今実際こうしてホストファミリーと暮らしていて、私自身、不満は何一つない。毎日感謝でいっぱいである。そもそも「ホストファミリー」の考え方が私の持っている考え方と違っていたようだ。だからこそありがたいとより一層強く思えるのだと思う。

私がホストファミリーとして留学生を受け入れた時は、やはり家族としては受け止めていなかった。一線を引いていた。家の鍵は持たせることはしなかったし、(日本語ができない子だったので毎日どこへ行くのも一緒だったからその必要もなかった)勝手に冷蔵庫を開けていいよとも言わなかった。もし勝手に冷蔵庫やクローゼットを開けるようなことがあったら怒っていたと思う。しかし今のホストファミリーは私を家族同然のように受け入れてくれる。ここに着いた次の日に鍵を持たせてくれた時も驚いた。朝は勝手に冷蔵庫のもの食べてねと言われた時も、こんなに自由に使わせてもらっていいのかと戸惑いもあった。その分「何か食べたいものある?」と聞かれた時、もう作ってもらうだけで十分です、という感じになってしまって「なんでもいいよ」なんて答えてしまう時がある。言ったあとに、まずかったかなと思う。本当になんでもいいのだ。嫌いなものも1つも無いし、すべての料理がデリシャスなので本当になんでもいいのだ。寧ろこっちが我儘言うのは申し訳ないという気持ちになってしまうのだ。しかし「なんでもいいよ」では、つまらないのかしら?と思われてしまうかもしれない。そう思うのだ。だから自分の意見はどんな時もはっきり言おうと心がけている。先日、石倉さんに「Low contex」と「High contex」について教えていただいて一層そう思うようになった。

 このように寮に行ってみて改めホストファミリーの良さに気づかされた。人間の温かみというものも感じている。私も将来こんな家族を持ちたいなとそこまで考えてしまう。家族を二つもっているような今の感覚はとてもおもしろい。おもしろいというか幸せなことだなあと感じる。これからも感謝しつつも、自分からどんどんと発していき、もっと深い関係になれるようしていきたい。

今週から授業が始まり、宿題の多さに悲鳴を上げている。毎日、授業が8時からなので朝も暗いうちに出る。日本では隣駅から通学していただけに最初は慣れなかったがだんだん慣れてきた。それにしても朝のバスでうとうとしているのが私だけでどの乗客も皆シャキっとしているのでオレゴニアンはすごいなと尊敬してしまう。

バスといえば私は車いすの人もスムーズに乗ることができるバスのシステムにとても驚いた。日本では車いすの人がバスに乗るのも一苦労である。しかしここオレゴンではどこへでも車いすに乗って行くことができる。毎日のようにそのような人を見る。自力で歩くことができなくとも普通の人と何ら変わりはない。その信念がよく備わっているのだろうか。

そこで今日はオレゴンの誰でも住みやすい環境についてまとめようと思う。

オレゴンにはバスの他にもいろいろな所にどんな人でも暮らしやすいシステムで溢れている。例えば自動ドアだ。古い建物だとどうしても扉はPULLPUSH)するタイプのものが多い。このような扉は車いすだとどうしても開くことができない。しかしそのような扉も車いす専用のボタンがあってそこを押せば自動で開くのだ。これには驚いた。大学建物から図書館、スーパーマーケットまで全ての扉にこのようなシステムがついている。また先日ショッピングモールに行った時にも感心したことがあった。トイレの前に「NURSINGROOM」という個室があった。中へ入ってみると揺れ動く木製の椅子に赤ちゃんのおむつを替える台、洗面台があった。このような場所も日本にはない。赤ちゃんのおむつを替える台はあったとしても専用の部屋は用意されていない。赤ん坊の母親もきっとやりにくいだろう。また、「Family Restroom」にも驚いた。最初は家族揃って一緒にトイレに入るのか?と不思議に思った。しかし「Family Restroom」の中は広くなっていて大人が十分、一人でトイレができない子どもの面倒を見ることができるようになっていた。確かに普通のトイレに子どもと大人が一緒に入るのは狭い。

それに加えて、子どもがパーティーをする部屋もモールの中にあった。子どもの誕生日パーティーをしようと思った時、場所に困る人もいるだろう。しかしこのような場所があれば思う存分パーティーを楽しむ事が出来る。モールの中にもしっかり子どもが遊ぶスペースも設けられていた。これでお母さんたちも心ゆくまでショッピングを楽しめるというわけである。

このようにオレゴンには日本で見習わなければならないことがいっぱいだ。オレゴンは田舎だ!と最初は思っていた。しかし日本の方がよっぽど遅れているのではないだろうか。日本で今、バスにオレゴンのバスのようなタラップをつけるだとか、扉を全て自動式にしようという取り組みになったとする。そうするとやはり予算が問題になってくるのだろう。結局、元からそのようなシステムを取り入れていればよかったのだ。オレゴンのバスも新しくはない。しかししっかりとバリアフリーのシステムが整っている。昔から、全ての人が不自由なく生活できるようにと考えられていたのだろう。そういう意味で日本は遅れているのだと思う。

オレゴンに来て日本に持ち帰りたいことがたくさんだ。このようなことをどんどん発信していって日本もオレゴンのように誰にとっても住みやすいあたたかい場所になれば良いと思う。まず大切なのは自分だけでなく、他の人に目を向けることだろう。

オレゴンへ来て1週間。もう人生の半ばまできてしまったのではないだろうかと思えるほどこの1週間はいろいろなことに刺激を受けた。何しろアメリカに来るということは私の長年の夢。未だに自分がアメリカにいるなんて信じられない気持ちになる。なんて私は恵まれているのだ、しあわせなのだろう!と。

この1週間でいろいろな人に会った。周りは初対面の人ばかりなのである。このような状況に出くわすことは日本を出ない限りない。しかし私は人に会うことが好きなので毎日とてもうきうきしている。今回はオレゴンの人たちのことにテーマを絞って書きたいと思う。

オレゴンの人たちはまず優しい。私の1番好きな時間がバスの中である。バスの中の人を一人一人観察していく。最初の方はバスで声をかけられるだけで頭が真っ白のなるようだったが今は自分から声をかけられるようになった。声をかけても誰もが優しく答えてくれるとわかっているからだろう。日本でバスの中で全く知らない人と話す事はほとんどない。話しかけても怪しい人ではないどろうかと思われることが多いからだ。しかしここオレゴンでは日常的に初対面の事と話すことが行われている。町中が家族のようである。この前はバスに乗ってきてお金が足りないらしくあたふたしている人に対してお金を貸してあげている人を目撃した。(最初は友達なのかと思ったが全くの他人のようだった。)これには驚いた。見ている私まで心が温まった。困っている人がいたら助けるということが常識なのだろう。

大学を歩いていてもそうだ。道を聞いても誰もが優しく教えてくれる。だから日本にいる時のように道を聞くのにドキドキすることがない。ちゃんと教えてくれるだろうか、という不安が一切いらないのだ。だからオレゴン大学にいる間に地図は必要なくなった。

次に感じたことは、オレゴンの人たちは夢がある。特に学生だ。私がオレゴン大学に来て一番日本の大学も見習うべきだと思ったことが、大学生が皆それぞれ好きなことをやっているところである。EMUの前でアカペラコンサートをやったり、庭でDJをやったり、スケボーしたりと日本の大学でやったら、要注意学生になるようなことがオレゴン大学では日常的に行われている。日本の大学はなんてちっぽけなのだ!と思った。ルールに縛られて生活している感じがするからだ。

 日本の大学では大学は大学。趣味は趣味と切り離して考えられている。しかしこの大学では大学の勉強と趣味を切り離さなくて良いのだ。大学にいながら自分の趣味ができる。

ちなみに私の趣味は編み物や縫物をしていろいろ作ることである。大学でそのようなことをできる場所も時間もないので下北沢のレンタルボックスを借りて販売したりしている。私の最終的な夢(老後とか)はレンタルボックスのお店を持つか自分の手作りのもののお店を持つことだ。本当にその事を考えるといつでもわくわくしてしまう。

何も私に限ることはなくてトロンボーンが趣味なので地域の楽団に入って活動している子、DJすることが趣味なのでよくクラブでまわしている子など私の友達でも大学の外で活動している子が多くいる。大学の中での顔と外での顔がある友達は多い。このような事が大学で一度にできたら楽しいだろうと思う。

趣味は本当に大切だ。趣味があるから日常の勉強を頑張ることができる。また、趣味の為に働こうとも思う。いくら辛い仕事だとしても楽しい趣味の時間の為だと思えばどんなに大変な仕事でもできてしまうものだ。私は趣味が無ければ人生は本当につまらないと思う。

だからこそ趣味(勉強以外の自分の好きなこと)が大学でできることはとても素敵なことだと思うのだ。私の大学にはチラシを配っている人さえいない。コンサートを開いている人もいない。大学を歩いていればコンサートやガン予防の団体が開いているパーティーなどに出くわすことができるここオレゴン大学はとても素敵だ。

そして私は趣味というものを考えるうちに趣味と自己主張は繋がっているのではないかと思うようになった。私は○○ができる!と言えるものがあってこそ自己主張というものができるのではないだろうか。アメリカは皆自己主張が激しいからしっかり自分の思っていることを表現しないとやっていけないよ!と日本では聞かされていた。優柔不断で「どっちでもいいよ」が口癖の私は特に気をつけるように言われていた。ここにきてそれがよくわかった気がする。自分の好きなことをすることが自己主張に繋がる。夢を持ってそれに向かって頑張ること、努力することが自己主張(自己表現)に繋がるのであろう。

チャンスは無限大だ。自分から動こうとすればいくらでもできる。ただ受け身なだけでは何も始まらないのだ。私はこのままでいいのだろうか、オレゴンに来て1週間。それを強く考えるようになった。自分の将来について深く考えるようになった。アメリカへ留学すること。それに向かって今まで一生懸命頑張ってきただけにそれ以降のことがあまりよく見えてなかった気がする。日本に帰ったら何をするべきか。このままではまだまだ日本には帰れないなと思った。



 私の夢は保育士である。しかし「教育学部 乳幼児発達学科」にいるからといって保育士にならなくてもよいのではないかと最近考えるようになった。保育士を通して何をしたいか。それが大切なのだ。保育士をして子どもを楽しませたい、子どものいる親を助けたい。それは当然のこと。しかし保育士にならなくてもできることはある。子ども服のお店で働いていても子どもを楽しませることはできるし、子を持つ親の手助けもできる。また、全くフィールドは違うが美容師になったとしても人を喜ばせることができる。子を持つ母親以外のいろいろな人を楽しませることができる。

 そこで私はホストファミリーに自分の夢を聞いてみた。20歳のLatinaはメディカルセンターで働くことだと言っていた。最初は医者になることが夢だった。しかしそれはとてもハードなこと。だからメディカルデンターで働いて困っている人、苦しんでいる人を助けたいと話していた。

 高校生のBrittneyはスペシャルティーチャーになりたいと話していた。日本でこのような仕事は聞かないので最初は何かと思ったが、目が見えない人、耳が聞こえない人などの障害者を助ける先生のことらしい。これもとても素敵な仕事である。人を助けてあげる仕事であると供にとても必要とされる仕事である。

 今、オレゴン大学のヘルスセンターで働いているお母さんのSherryは12年前からヘルスセンターで働いていると話していた。しかし若いころはヘア関係の学校に通っていたようだ。その頃は将来、美容師になりたいと思っていたようだが途中で夢が変わり、やはり困っている人を助けたいと健康関係の道に進むことを決めたと話していた。

お父さんのJoeは今、家関係の仕事をしている。私のステイしているSilverMedowsにある家は全部Joeが建てたというのだから驚きだ。私はJoeの仕事をしている姿を毎日見ている。Joeは机いっぱいに書類を広げてパソコンに向かっている。そしてお客さんとも頻繁に電話をしている。とても忙しそうである。しかし毎日楽しそうだ。本当に理想の父親像である。そんなJoeは若いころ飛行機関係の仕事に就きたかったらしい。そして軍隊も経験したらしい。しかし馬鹿らしいので辞めたという。人を殺すのも嫌だしそのようなことをやる人は大抵良い教育を受けていない人だからと話していた。いろいろな事を経験してきた人だけにとても分厚い人間だと思う。そして人生の楽しみ方を知っている。前にJoeに言われた言葉が忘れられない。「もう自分が大学を卒業したのは昔のことだけど今はソーシャルライフをエンジョイしてるよ!」と。就職活動におびえている自分がとてもちっぽけに見えたからだ。就職活動なんて自分の人生を楽しむための第一歩ではないか!と思えるようになった。だから私はJoeをとても尊敬している。

 ホストファミリーの話しを聞いて人間どうなるかは分からないと思うようになった。いつ夢が変わるかもわからない。問題は自分が人生を通して何をやりたいのかである。何か自分なりのセオリーを持っている人はとても素敵だと思う。どのような仕事に就くかはそのセオリーの実現の手段でしかないのであろう。

 私はこの1週間の出来事を通して自分のセオリーを考えた。私は人を楽しませることをしたい。私の趣味でやっているハンドメイド小物のコンセプトでもある。人を楽しい気分にさせてあげることができてこそ自分も楽しい気分になれるのだ。その為にもここユージーンで自分から動いてたくさんのことを経験し、吸収したい。そして自分でしっかりと自己主張、自己表現のできる人間になりたい。でないと日本には帰れない。



◎私のオレゴンプロジェクト◎

■概要       
2009年9月25日~2009年3月下旬までの約6ヶ月(180日)間、アメリカのオレゴン週にステイする。
前半3ヶ月は英語勉強のためオレゴン大学へ
後半3ヶ月は幼稚園(キンダー)にインターンをする。

■目的            

●自分
・世界各国から集まる留学生やアメリカの学生と深く関わることにより、世界観を広げ枠にとらわれない考え方を身につける。

・親や友達に頼れない状況で、自分で問題解決したり自分のことは自分でできるような自立した人間に近づく

・6ヶ月間のホームステイでアメリカの食生活について考える。また日本の料理をできるだけ多く伝える。

●学び
・将来の夢、英語の先生になるたもの訓練。どうやって子どもに英語を教えるべきか??

・グローバル化が進む中での教育はどのようなものがいいのか、アメリカ教育がどのようなものか、学ぶ。

・インターンを通して子どもとの関わり方を学ぶ。日本と比較する。


●英語
・英語ペラペラになる。TOEICは800点に上げる。
・英語の本を読むこと、英語の文章や論文を書くことができるようになる。
・英語で講義やインタビューを聞き取ることができるようになる。


■目標                            
・世界の知り合い100人以上と連絡先を交換。
・世界の友達を10人以上作る。
・世界の親友を1人以上作る。
・1日3個学ぶ。それをブログに毎日アップする。
・目の前のことを全力でやる。すべて経験する。
・たのしむ!