オレゴンへ来て1週間。もう人生の半ばまできてしまったのではないだろうかと思えるほどこの1週間はいろいろなことに刺激を受けた。何しろアメリカに来るということは私の長年の夢。未だに自分がアメリカにいるなんて信じられない気持ちになる。なんて私は恵まれているのだ、しあわせなのだろう!と。
この1週間でいろいろな人に会った。周りは初対面の人ばかりなのである。このような状況に出くわすことは日本を出ない限りない。しかし私は人に会うことが好きなので毎日とてもうきうきしている。今回はオレゴンの人たちのことにテーマを絞って書きたいと思う。
オレゴンの人たちはまず優しい。私の1番好きな時間がバスの中である。バスの中の人を一人一人観察していく。最初の方はバスで声をかけられるだけで頭が真っ白のなるようだったが今は自分から声をかけられるようになった。声をかけても誰もが優しく答えてくれるとわかっているからだろう。日本でバスの中で全く知らない人と話す事はほとんどない。話しかけても怪しい人ではないどろうかと思われることが多いからだ。しかしここオレゴンでは日常的に初対面の事と話すことが行われている。町中が家族のようである。この前はバスに乗ってきてお金が足りないらしくあたふたしている人に対してお金を貸してあげている人を目撃した。(最初は友達なのかと思ったが全くの他人のようだった。)これには驚いた。見ている私まで心が温まった。困っている人がいたら助けるということが常識なのだろう。
大学を歩いていてもそうだ。道を聞いても誰もが優しく教えてくれる。だから日本にいる時のように道を聞くのにドキドキすることがない。ちゃんと教えてくれるだろうか、という不安が一切いらないのだ。だからオレゴン大学にいる間に地図は必要なくなった。
次に感じたことは、オレゴンの人たちは夢がある。特に学生だ。私がオレゴン大学に来て一番日本の大学も見習うべきだと思ったことが、大学生が皆それぞれ好きなことをやっているところである。EMUの前でアカペラコンサートをやったり、庭でDJをやったり、スケボーしたりと日本の大学でやったら、要注意学生になるようなことがオレゴン大学では日常的に行われている。日本の大学はなんてちっぽけなのだ!と思った。ルールに縛られて生活している感じがするからだ。
日本の大学では大学は大学。趣味は趣味と切り離して考えられている。しかしこの大学では大学の勉強と趣味を切り離さなくて良いのだ。大学にいながら自分の趣味ができる。
ちなみに私の趣味は編み物や縫物をしていろいろ作ることである。大学でそのようなことをできる場所も時間もないので下北沢のレンタルボックスを借りて販売したりしている。私の最終的な夢(老後とか)はレンタルボックスのお店を持つか自分の手作りのもののお店を持つことだ。本当にその事を考えるといつでもわくわくしてしまう。
何も私に限ることはなくてトロンボーンが趣味なので地域の楽団に入って活動している子、DJすることが趣味なのでよくクラブでまわしている子など私の友達でも大学の外で活動している子が多くいる。大学の中での顔と外での顔がある友達は多い。このような事が大学で一度にできたら楽しいだろうと思う。
趣味は本当に大切だ。趣味があるから日常の勉強を頑張ることができる。また、趣味の為に働こうとも思う。いくら辛い仕事だとしても楽しい趣味の時間の為だと思えばどんなに大変な仕事でもできてしまうものだ。私は趣味が無ければ人生は本当につまらないと思う。
だからこそ趣味(勉強以外の自分の好きなこと)が大学でできることはとても素敵なことだと思うのだ。私の大学にはチラシを配っている人さえいない。コンサートを開いている人もいない。大学を歩いていればコンサートやガン予防の団体が開いているパーティーなどに出くわすことができるここオレゴン大学はとても素敵だ。
そして私は趣味というものを考えるうちに趣味と自己主張は繋がっているのではないかと思うようになった。私は○○ができる!と言えるものがあってこそ自己主張というものができるのではないだろうか。アメリカは皆自己主張が激しいからしっかり自分の思っていることを表現しないとやっていけないよ!と日本では聞かされていた。優柔不断で「どっちでもいいよ」が口癖の私は特に気をつけるように言われていた。ここにきてそれがよくわかった気がする。自分の好きなことをすることが自己主張に繋がる。夢を持ってそれに向かって頑張ること、努力することが自己主張(自己表現)に繋がるのであろう。
チャンスは無限大だ。自分から動こうとすればいくらでもできる。ただ受け身なだけでは何も始まらないのだ。私はこのままでいいのだろうか、オレゴンに来て1週間。それを強く考えるようになった。自分の将来について深く考えるようになった。アメリカへ留学すること。それに向かって今まで一生懸命頑張ってきただけにそれ以降のことがあまりよく見えてなかった気がする。日本に帰ったら何をするべきか。このままではまだまだ日本には帰れないなと思った。
私の夢は保育士である。しかし「教育学部 乳幼児発達学科」にいるからといって保育士にならなくてもよいのではないかと最近考えるようになった。保育士を通して何をしたいか。それが大切なのだ。保育士をして子どもを楽しませたい、子どものいる親を助けたい。それは当然のこと。しかし保育士にならなくてもできることはある。子ども服のお店で働いていても子どもを楽しませることはできるし、子を持つ親の手助けもできる。また、全くフィールドは違うが美容師になったとしても人を喜ばせることができる。子を持つ母親以外のいろいろな人を楽しませることができる。
そこで私はホストファミリーに自分の夢を聞いてみた。20歳のLatinaはメディカルセンターで働くことだと言っていた。最初は医者になることが夢だった。しかしそれはとてもハードなこと。だからメディカルデンターで働いて困っている人、苦しんでいる人を助けたいと話していた。
高校生のBrittneyはスペシャルティーチャーになりたいと話していた。日本でこのような仕事は聞かないので最初は何かと思ったが、目が見えない人、耳が聞こえない人などの障害者を助ける先生のことらしい。これもとても素敵な仕事である。人を助けてあげる仕事であると供にとても必要とされる仕事である。
今、オレゴン大学のヘルスセンターで働いているお母さんのSherryは12年前からヘルスセンターで働いていると話していた。しかし若いころはヘア関係の学校に通っていたようだ。その頃は将来、美容師になりたいと思っていたようだが途中で夢が変わり、やはり困っている人を助けたいと健康関係の道に進むことを決めたと話していた。
お父さんのJoeは今、家関係の仕事をしている。私のステイしているSilverMedowsにある家は全部Joeが建てたというのだから驚きだ。私はJoeの仕事をしている姿を毎日見ている。Joeは机いっぱいに書類を広げてパソコンに向かっている。そしてお客さんとも頻繁に電話をしている。とても忙しそうである。しかし毎日楽しそうだ。本当に理想の父親像である。そんなJoeは若いころ飛行機関係の仕事に就きたかったらしい。そして軍隊も経験したらしい。しかし馬鹿らしいので辞めたという。人を殺すのも嫌だしそのようなことをやる人は大抵良い教育を受けていない人だからと話していた。いろいろな事を経験してきた人だけにとても分厚い人間だと思う。そして人生の楽しみ方を知っている。前にJoeに言われた言葉が忘れられない。「もう自分が大学を卒業したのは昔のことだけど今はソーシャルライフをエンジョイしてるよ!」と。就職活動におびえている自分がとてもちっぽけに見えたからだ。就職活動なんて自分の人生を楽しむための第一歩ではないか!と思えるようになった。だから私はJoeをとても尊敬している。
ホストファミリーの話しを聞いて人間どうなるかは分からないと思うようになった。いつ夢が変わるかもわからない。問題は自分が人生を通して何をやりたいのかである。何か自分なりのセオリーを持っている人はとても素敵だと思う。どのような仕事に就くかはそのセオリーの実現の手段でしかないのであろう。
私はこの1週間の出来事を通して自分のセオリーを考えた。私は人を楽しませることをしたい。私の趣味でやっているハンドメイド小物のコンセプトでもある。人を楽しい気分にさせてあげることができてこそ自分も楽しい気分になれるのだ。その為にもここユージーンで自分から動いてたくさんのことを経験し、吸収したい。そして自分でしっかりと自己主張、自己表現のできる人間になりたい。でないと日本には帰れない。