特攻隊飛行士養成の明治基地があったため 

昭和19年海軍将校用に開設された特殊飲食街10軒の旅館と置き屋ができました。


売春防止法施行を控えた昭和29年

衣浦荘から衣浦温泉に

温泉旅館へと転業。

海水浴客などで賑わいました。

温泉は出なかったと すず元の女将が言っているとゆう、記事をみつけました。

パチンコ屋や劇場などの娯楽施設がありました。

新川銀座通りから路地に入ったところには新川温泉とゆう銭湯があります。

銭湯が温泉と名乗れる時代にできてるのでまぁまぁ古そうです。

常磐浦と沖見台とゆうかつての地名より

常磐浦沖見台とも呼ばれていました。

崖下に海水浴場がありましたが埋め立てにより

1970年頃衰退していきました。


崖上に望む鱗窓で有名な吉文

ベン柄の壁と丸窓 菱形窓のある旧丸新

洋風な建築の翠扇がみたくていったのに

吉文は1ヶ月くらい前に解体され

更地になったくらいでした。

旧丸新は住宅として残っていたのに新しく建て直され翠扇も新しく家が建ってました。


廃墟になった八千代旅館と街灯と 2棟続きの鎌倉屋と旧山月と 清元旅館の駐車場の看板がなければ衣浦温泉の名残はもぉありませんでした。

すべてなくなるのも時間の問題です。

Google street viewではまだ残ってたんです

解体され更地だった旅館跡地も新しく家が建ってたりと

風景が一変してました。

建物の劣化が酷くなりつつあったので

なくなる前にみたいと思ったのに

ほんのタッチの差でした。

3軒も一気になくなっており こうして

各地の遺構も消えてゆくのかと思いました。

見たかったところは無くなってましたが

なくなる前においでと呼ばれたのかもしれないです。


碧南 西尾 蒲郡と古くて素敵な建物が沢山。

またゆっくり回りたい。


後に解体されたベン柄の遊郭の内部を取材した記事を見つけたのです。

有料記事ですが 写真と写真の説明はタップすると見れます。





八千代旅館

規模の大きさはわかるけど 

屋根が陥落してるところもあります。



鎌倉屋

鎌倉屋と山月を繋いだ渡廊下

旧山月


組合の街灯

なぜかこれだけのこってました。

後ろの標識の高さからかなり低い事がわかります。

当時の日本人の身長 ちょっと想像できるかも。


去年あたりに無くなった翠扇の街灯


今はなき旅館の駐車場の看板