燕労災病院脳外科の外来診察受診の日。
お昼休みに電話が来た。
お母さんから、
「放射線治療の効果で腫瘍が小さくなって、消えていたのもあった。足が良くなったのはそれのおかげだ。肺もそのうち効果出てくるかもしれないと言われた。」
確かに埼玉にいるころから目に見えて左足はよくなっていた。
家の戻ってからも自分でトイレに行けるくらいよくなっていた。風呂も楽にいれられるようになったと。自分で湯船から出れるらしい。
もともと外来の日は夕方寄って、どうだったか聞いていたけど、電話してきたのはよほどうれしかったのだろう。
まぁわたしも佐智子にすぐに電話したのはうれしかったからに違いない。
肺がどうのこうのは頭にしか放射線してないのになぜだろうって思ったから、夕方寄ったときに聞いたけど、やっぱりそう言われたとだけ。
お正月のころにはなかった食欲も今は焼いたお肉も食べれるくらいになっている。
炊いたご飯よりおかゆのほうが食べやすいからおかゆだけど、食べれるだけいい。
ゆっくりでも。
 
そういえば診察の時、春になって暖かくなったら外に出て散歩とか大いにしてくださいって言われたらしく、それがうれしかったみたい。お父さん。
いますぐどうのこうのじゃないみたいだ。って希望持ってた。
私たちも今のこの状況を素直に喜びたい。
労災の先生は腎臓のこととかがあまりわかってないのかもしれないけど、お父さんがそう喜べたってことはいいことだよね。
 
春に希望をもって埼玉にも行けるかもしれない、花見にも行けるかもしれない、
一つずつ目標をもって、少しずつでも前に進んでいこう!
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確かに厳しい顔だ。でも瞬間的なものだよ^^
 
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猫舌でまだ食べれないおかゆ。
 
前と違ってあんまり手がかからないのでお母さんはいいね。
また明日ちょっと様子見てきますー
4日から埼玉に行って、ちょっとあわてたことがあったけど、
毎日のんびりテレビを見て過ごさせてもらって本当に幸せそうだった。
新潟とは違って毎日お天気に恵まれ、外出はできないけれど家の中でも十分気持ち良さを味わっていたようだ。
この1月に行ったからこそ、新潟との違いがはっきりわかってよかったみたいだ。
何度も何度も「元気なうちにまた来たい」って言ってた。
本当にそうしてあげたい。
お正月の頃とは別人のように顔色もよく、支えがあれば歩けるようになり、来る前は不安だったようだけど、少しだけれど自信も持ててよかった。
帰りに寄った赤城高原Pでも厚切りチャーシュー3枚も乗ったラーメンをおいしいおいしいと食べた。食べる前には「食べれるだけでも食べれば」って声かけてたんだけど完食!わたしは味噌ラーメンだったんだけど、どんぶりが思ったより深くて量も多かったのに。前より食べるのもちょっと早くなったような気もした。
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昨日、会社の帰りに寄ったら、顔色もよく、なんか表情も明るい。
お母さんが「トイレひとりで行くんだよ。昨日夜中も自分で行った」って。
夜中だけは危ないから、一応起こせと言った。
昼間は見てやるけど、一人で大丈夫だと。
「埼玉の時の好調を維持したい」ってお父さん言ってた。
 
足が少しよくなると、病気なんか見た目にわかんなくなる。
お父さんには痛いとかは自分しかわかんないから、我慢しないでちゃんと言うんだよと。あとあんまり頑張りすぎるなと。
 
この先、おそらく痛いこと、つらいことはやってくるかもしれないけど、
今は一日、一日を、楽しく生きる。
それでじゅうぶんな気がする。
 
わたしのうちには連れてこれないから、埼玉に連れて行ってもらって本当によかった。そうとう居心地良かったみたいだし。
 
いろいろありがとう。
3月連れていけること心から願ってます。
 
やっぱりああそうですかと聞き入れられない。
 
もうだめなほうの腎臓を取るとかできないのかなとか
 
あのまま悪の根源そのまま置いておいたって悪くなるの待ってるだけのような気がして、
 
いっそなければまだいいような気がする。
 
治るとかじゃなく、本人が楽になるんじゃないかとか思ってしまう。
 
どーぞ転移してくださいみたいに置いておくのはいやだ。
 
 
それでもだめなのか。
 
あちこち痛くなるの待ってるだけのような気がして我慢できない。
 
せめて痛いのだけはさせたくない。