ある程度は覚悟して聞いたはずなのに涙が止まらなかった。
末期の進行がんで注射も効果が期待できないこと。
ほかの病院に行ってもすべての検査を最初から全部やることが本人にとって大変なこと。
じゃあ、じっとして待つしかないのか・・・
食欲が落ちたら、(今もあまりないようだが)点滴するために入院して死ぬのを待つだけしかないの?
もうわたしたちにはお父さんの希望を聞いてやるしかないのか。
こたつでは背中のところにクッションを支えにしてソファにおっかかって座っていた。
買い物に行く前にトイレに連れて行った。日中は車いすでトイレにいく。
帰ってきたら喉が渇いたから何か飲みたいと言ったのでヤクルトを小さいストローで飲んでいた。
あちこちファンヒーターつけてるから喉乾くだろうね。
大みそかは子供たちもつれて行って夕飯を食べます。拓海は帰りが何時になるかはわかんないけど夕食がずれても食べる予定です。
わたしとパパはそのまま年越しして、裕太と甲斐は一旦かえって1日にまた来る予定。
埼玉に迎えは行けますので大丈夫です。
今日は榎のほうにも話して、わがままさせてほしいとお願いしました。
子供にはまだはっきり言うつもりはありません。
お父さんにいつものように接してもらいたいから。
新しい年がくることがこんなにつらい年はないですね。
とりあえず、暗く介護するのはいやだから、わたしはこれからも明るくお父さんたちといつものように接していくからと言いました。
できるかは不安でいっぱいだけど。
誰もがいつかは別れが来るというのはわかっていても、いざそういうときが来ると思うと動揺してしまいます。
でもいつまでも一緒にみんなで頑張るしかない。さびしくないように。
子供のころは厳しかったけれど、大人になってから、特に孫ができてからは明るくて、ユーモアもあって、いい父。
やれること、少しずつ見つけてやってあげようね。
