腎移植日記 -44ページ目
自治体によって異なりますが、
早いところではそろそろ新学期が始まる頃
かと思います。
通知表は、今やほとんどPCで作成した
デジタルなものになっています。
これは教員としては便利で、間違えた時に
砂消しで消したりしなくても済むので、
だいぶ省力化できて良いと思います。
でも、なんていうかなぁ、
味気ないんですよね〜
私はちょうど通知表がデジタル化する頃、
提出前の通知表を点検する担当していました
ので、担任の先生が書くお子さんの成長を
文章で表現した「所見」の変化を目の当たり
にしてきました。
デジタル化以降、一言で言えば、
使い回しの表現が多くなり、
職人芸的所見が少なくなりましたねぇ。
初任の頃、私が見せてもらった、耐火書庫に
保管されていた通知表の下書きは…
まず、内容以前に、文字の大きさを微妙に
調整してあり、所見が枠ぴったりに収まって
いる。「しました。」が「しま」、「した」
なんて行跨りになったりしていない。
最後の行の右端が測ったように文末の「。」
で終わる。
それがデジタル化になって、言葉が行跨りに
なることが増えてきたかなぁ。
通知表の所見は、通常、担任は所見のための
個人記録ノートを用意し、
「友だちがこぼした給食を拭いてあげた」
など、その子の日頃の言動をメモし、それを
元に成績と合わせて所見を書いている。
目立つ子、おとなしい子…どの子も毎日よく
観察して書き上げた、子どもにとって
私だけの評価所見と感じられる文章。
耐火書庫には、そんな職人芸的所見ばかり。
良い表現は写し書きし、自分なりに書いて
みたけど、その子オリジナルの所見を書く
のは結構大変。
今も多くの教員は個人記録を書いていますが、
所見マニュアル本も数多く出ているせいか、
パソコンのコピペが使えるせいか、
紋切り型の表現が多くなった気がします。
それに、細かいところでは、昔の先生は
担任印の押印もきっちりしていて、
枠の中心に、曲がり、欠け、濃淡なく押印。
私も押印の練習から厳しく指導を受ける。
でも、30年、40年前は、
いまよりのんびりしていたんだよね。
時間にゆとりがあり、今のように窮々、
ピリピリしていませんでしたから、
所見もきっちりと書けたのかもしれません。
今の教員は忙しすぎです‼︎
お子さんの通知表を見る機会があったら、
脇役の所見と押印なんかにも目を向けて
みてください。
お盆のご先祖送りの墓参り。
牛🐂に乗ってゆっくりお帰り…
のはずが、お墓に迎えにきてたのは、
なんと、イノシシ🐗‼️
ご先祖はこちらの世界が暑かったせいか、
コロナウイルスにうんざりしたのか、
猪突猛進であの世にお帰りになりました。
さて
本題の移植者、透析者のコロナ感染リスク
について調べてみました。
感染者に対する死亡者数を死亡率として
死亡率=死者数/感染者数で比較してみました。
日本全体の死亡率
(Yahooサイトより)
8/15現在
感染者数累計 15,812,094人
移植者の死亡率
死者数累計 35,405人
感染者に対する死亡率 0.2%
移植者の死亡率
腎臓.肝臓.肺.心臓.膵臓移植者の死亡率
(日本移植学会HPより)
8/14現在
感染者数累計 838人
死者数累計 26人
感染者に対する死亡率 3.1%
透析者の死亡率
(日本透析医学会HPより)
8/11現在
感染者数累計 9,067人
死者数累計 585人
感染者に対する死亡率 6.5%
いろいろ条件があるので、
一概には比較できないかもしれませんが、
感染者に対する死亡率リスクは、
一般<移植者<透析者
の順で高くなると推測されます。
リスクに応じた感染対策をしていきたいと
思います。
なんだこれ???
愛車フィットに産み付けられた謎の卵⁈
よくみると、マッチ棒のように糸のような
もので車体と繋がっている。
水と間違えたのか、葉と間違えたのか…
さて、本題。
親が高齢となり、お盆のしきたりを任せ
られたもののサッパリ分からず…
頼りの親の記憶はあやしくなり、
聞く度に言うことが違う。
これはまずい…家内と「どうする?」
というわけで、必死にググる。
むかしむかしのこと…
神通力でなんでも見えるという目連さん。
亡くなった母を覗いてみたら、
なんと逆さ吊りで飢えに苦しんでいた。
それは大変と師匠のお釈迦様に、
どうしたらよいか尋ねたら、
「まずは夏修行のお坊さんに施しを与え、
同時に多くの人たちにも同じように
施しを与えればみんなハッピーだぜ❗️」
とのお言葉をいただいたので、
逆さ吊りの意味の「ウラバンナ」が
先祖や餓鬼に施しを与えるという、
盂蘭盆(うらぼん)のしきたりとなり
日本に伝わる。
それに、日本にもともとあった、
お正月やお盆に、
先祖の魂が家に帰ってくる
という風習と合わさり、日本独自の
お盆の文化が生まれたとか。
地方によってバリエーションが様々だが、
うちの方は8月、東京などは7月に行う。
基本は、
13日、灯籠の灯りを頼りに先祖の魂が
馬に乗って家にやってくる。
14日、にぎり飯を持って天竺に旅に出て
いろいろ楽しんじゃったりして朝帰り…
16日(15日)に灯りを頼りにあの世に
名残惜しみながら牛に乗ってゆっくり帰る…
というのが一般的かな。
仏壇の水の子、野菜、水につけたミソハギ
などは、先祖とともに餓鬼への施しの
食べ物、渇きを癒す水の意味。
鬼灯は灯り(提灯)の意味らしい。
また、笹やススキ、しめ縄などで仏壇を
飾るのは結界(その中は仏様の世界)を
表現したもの。
なんてことが分かると、
飾りもちょっぴりだけ楽しくなってきます。
以上、夏休みの自由研究でした。

