1999年10月~2006年10月までのクレアチニンの推移

エクセルデータがうまくアップできず、デジカメで撮ったため不鮮明なグラフになってしまった。
左が1999年10月のデータでCr4.6。
中央やや左あたりから2002年4月、人工透析導入。
最高値はCr13.
右端は移植後。Crは0.8~1.4。
過去7年間のクレアチニンの推移を概観すると、1999年から2002年にかけて食事療法と
クレメジン服用により腎機能の保存を図る悪化の一途をたどり、透析直前にはCrが8を超え、
「運動は駅の階段を上がる程度、立位の仕事は困難で座業程度は可。」といったような診断を
受け、学級担任を外れ4ヶ月の療養休暇を取るよう指示される。
この時の体調はほぼ診断どおりで、階段を上がると息が切れ、休憩時間にはひと目を忍んで
空き教室で横になる始末。1時間授業すると10分横になり、1時間体を使った作業をすると、
1時間横になるといった生活。
この間も、徐々にクレアチニンが上がり、2002年4月透析導入。
透析導入後は、午前中体は良く動くが、午後になるとひどい倦怠感に襲われるという毎日。
透析病院までの往復時間を含めると、1回6時間×週3回の時間の拘束があった。
尿量が500mlあったので、水分は1000ml程度の制限。
透析の4年間は、クレアチニンの増加はかなり抑えられたが、わずかに微増傾向が続いた。
症状としては、皮膚のカサカサ感、痒み、血尿、腰痛、貧血。
加えて、全身のあちらこちらがつる、爪がわれやすい、身長が1cmくらい縮む、便秘傾向。
データは、Cr、BUN、尿酸、リンが高くなる。
こうした傾向が年々少しずつ悪くなるので不安であった。
移植前後の数日で、Crが11から1.6に急速に改善。
入院中はCr1前後であったが、退院後、体を動かすようになるとどうしても上昇傾向になる。
現在は、水分を十分摂り、仕事は(勤務先には申し訳ないが)定時で切り上げ、家ではゆっく
り休息をとることで、Crの維持を図っている。
何気ない1枚のグラフであるが、私にとってはいろいろな闘病の思いのこもったグラフである。