踊ることが大好きだけど・・・ | I'll protect Jejung

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日々ジェジュンの歌声に癒されて生きています。


 I'll protect Jaejoong   中国長春の日本語学校

                               で日本語を教える実習


バレエ教師として教えながら、娘は通信制の短大の国際コミュニケーション学科


で勉強していました。 外国人に日本語を教える教師の資格を得る為でした。


一月5日程度のスクーリングとレポート発送、それに試験を受けて単位が取れま


した。高校を出たばかりの10代ばかりでなくいろんな年齢の人もいてとても楽し


いと言っていました。


学びながらバレエを教えるのも順調な時ばかりではありませんでした。若い世間


知らずの女の子に対して様々な裏切りもあったのです。


バレエ用に改装して使っていた一つの貸しスタジオに空いている時間貸して欲


しいと言って来たフラの先生と家賃を半々にしていたのですが、スタジオがある


理由で使えなくなった時急いで近くに探さなければなりませんでした。必死で探


したていた時フラの先生は「前のスタジオは改装料や権利金を払ってなかったか


ら、今度は半々にしましょうね。」と言ってくれて安心していました。でも見つかっ


て契約する段になって急に「この話は降ろさせて欲しい。」と言ってきたのです。


口約束だけだったし、若い娘は「そうですか・・」としか言えなかったそうです。


家賃は今までより高いうえ全額払わねばなりません。


レベルの高いクラスの親御さんは「月謝を上げたらどうですか?」と言いましたが、


それでは全ての生徒さんが留まってくれるわけでは無いと言い、そのま間の月謝


でぎりぎり運営を続けました。


今度のスタジオは以前大きなバレエ団が使っていた古いさびれたところでしたが、


改装の必要が無いのでそこに決めました。私も掃除を手伝いに行って娘が可哀そ


うに思いました。



短大の卒業時、バレエの休みを取って学校の紹介で中国の日本語学校に研修に


行きました。向こうの学校で凄く歓迎されて、とても楽しく過ごして来た様子でした。


でも「外国人が日本語を学ぶのは今だけだよ。多分日本は他の国に追い越され、


日本語を学ぶ人はずっと少なくなると思う。」と言いました。



娘には持病もありました。自分一人でずっとバレエを教えて生きてはいけないと考


えていたようです。手術をすれば完治するかもしれないと言われていましたが、何


故かそれをかたくなに拒んで薬だけで抑えていました。


そして家には「社会恐怖症」を持った兄がいました。そのことは娘を悩ませていまし


た。 そのせいもあって結婚する気は全くありませんでした。


「親には頼れない。自分一人で生きて行かなければ。」と思っていたようです。



短大卒業した後は突然「看護学校」を受験すると言いだし、受験し合格しました。


正看護師の学校は授業も大変なので両立は難しいと感じるようになってバレエ教


室をすべてたたむと言いだしました。


「バレエを踊る事も教える事も大好きなんだから委託を受けてるフィットネスクラブ


の教室だけは続けたら?」と言いましたが、「中途半端になってしまうと嫌だから。」


と言ってきっぱりやめる決意をしていました。



第二回発表会は盛大でしたが悲しげなものになりました。


                                       続く