ドゥオーモ広場からの帰りはトラム(路面電車)に乗りました。ホテル近くの場所
で下車したのですが、まだかなりの距離がありました。夜道を二人小走りで歩き
ながらホテル方面に歩いていたのですが、なかなか着きません。
歩道のない裏道を歩いている時に後ろから乗用車が猛スピードで走ってきました。
通過した後「お母さん、そんなに道の真ん中を歩いたら危ないよ。ここは日本じゃ
ないから車は運転が粗いんだから。」と注意され、バツが悪くなった私は「大丈夫
だよ。お母さんだってちゃんと注意してるんだから」って言い訳しました。娘にすぐ
に「今危なかったじゃない。私が引っ張らなかった当てられていたよ。」 といわれ、
素直で無い私は「あなたが引っ張らなくてもちゃんとよけてたよ。」と意地になって
言ってしまいました。そこで娘が切れて黙って走ってホテルの方に行きました。ま
だだいぶ距離があったと思います。必死に追いかけましたが裏道だったので姿が
見えなくなったのです。五分くらい走ってホテルに着くと娘はフロントにいました。
娘を見つけると私は娘の頬を叩いてしまいました。治安の良くないイタリアの夜道
で娘に何かあったらと見つけるまで心配でたまらなかったのです。
娘に手を挙げたのは小さい時に娘がふざけていてピアノの鍵盤にジュースを空け
てしまった時以来です。今回は私の方が悪いし、素直にお礼を言ったら済んだこと
なのに・・。本当につまらない親のプライド。
部屋に入っても娘は口をききませんでした。ずっとベッドに座ったままでした。
最終日、朝7時にお迎えの方とフロントで待ち合わせでしたので6時に起きるよう
自分の目覚ましをセットしていたのですが、5時半頃娘が「お母さん、ホテルの時
計が1時間進んでいるよ。もう6時半になってるよ。」と叫びました。私たちの時計
が何故1時間遅れているのかわからず、大急ぎで支度してフロントへ行きました。
お迎えには在伊の日本人女性が来ていました。
その日は3月31日でした。理由がわかりました。この日はイタリア全土でサマータ
イムに切り替わる日だったんです。日本にはサマータイムはありませんし、しかも
4月1日からではなく3月31日から(サマータイムは3月の最終日曜からだそうです)
でした。旅行会社からは事前に何の説明も受けていませんでした。ホテル時計は
自動的に時間が一時間進むようにセットされていたようです。
最初に一緒にローマに着いた若い二人組はまだ降りてきていません。
お迎えの女性がフロントから電話して呼んでもらっていました。30分後くらいにや
っと降りてきました。
ミラノの空港で最後にイタリアリラ(このころはユーロではない)を全部使おうと思っ
ていましたが、「ショッピングの時間はあるかしら?」と心配しながら空港に向かい
ました。 でもそんなどさくさで娘とは仲直りしていました。
ミラノの空港で、買いそびれたお土産を買って無事に帰国便に乗り込みました。
帰国は行き以上に乗り換え乗り換えの連続で大変でしたが娘にもたくさん助け
られて、初めてのヨーロッパをの一国を楽しむ事が出来ました。
ひ○みちゃん、お母さんが悪かったのにすんなり許してくれてありがとう。そして
いろいろごめんね。 いつまでも忘れないよ。
終わり
ジェジュンのブログを読んで下さった皆さん、こちらでコメントをくだっさったみす
ずさん、るーママさん、たかりんさん、松ちゃんさん、そらさん、み・みさん、秋ピ
さん、midoyoさん、シェリーさん、感謝しています。お返事は何を書いていいのか
分からなくなってしまいましたのでここでお礼を言わせてください。メッセージ下
さった方も感謝です。お一人お一人の優しいお言葉に慰められました。本当に
ありがとうございました。
まだ娘が亡くなって半月ちょっとで、喪失感と言うより後悔の念の方が多いです。
女の子ってこんなに育てるのが楽なんだと思えるほど優しくて良く言う事を聞く娘
だったんです。家を離れるまでは・・・。 「この子なら何でも許してくれる」「この子
ならこれくらい我慢できるはず」と娘に甘えていました。
忙しく動く時は頭が空になり、一人で座っていると何とも言えない感情が襲ってきま
す。そんな時に思い出を書けば少しは癒されるのかも知れないと思って書きまし
た。 またどうしようもない気持ちが襲ってきたら書かかせていただくかも知れませ
ん。
ジェジュンブログもちょくちょく読ませてもらっています。
ドームコン実現ですね。JYJ日本活動復活として盛り上がっているみたいですね。
「お帰りなさい」の嵐です。この後にもしジェジュンのソロコンがあるとするならいつ
なんでしょうね?
その頃には少しは元気になれているかな?