この時期になると、いつも思い出す「元」お隣さんがいる。
私が大学院生の頃、一人暮らしをしていたマンションの隣の部屋に、
彼は引っ越してきた。
「大学入学と同時に一人暮らしを始めるのだ」
彼は、お母さんと一緒にあいさつに来てくれた。
一人暮らしの賃貸マンションでご挨拶(それも親同伴)なんて、とても丁寧な子だなぁと思った。
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彼の名前は堂本くん。
そのマンションでは堂本くん1人だけ、きちんと表札をつけていた。
これまた、とても丁寧な子だなぁと思った。
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その頃の堂本くんは、髪も真っ黒で、とても真面目そうな印象だった。
大学入学当初は、お隣にお母さんが来ていたらしく、よく言い合いをする声が聞こえてきてた。
一人暮らしのマンションにお母さんがよく来るなんて、かわいらしいなぁと思ってた。
ところが、次第に堂本くんはおかしくなっていったのだ。
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堂本くんは、軽音サークルに入り(多分)、ギター担当になったようで、
深夜まで練習をするようになった。
ちっとも上達しないのに、練習熱心なので、
ワンフレーズを永遠と繰り返し演奏する。
同じフレーズばかり繰り返されるので、
私も完璧に覚えてしまった。
私はギター弾けないし、
っていうか、そもそもギター持ってないけど、
私の方が先に上達するのではないか、と思った。
>イメージトレーニングの極み
夜な夜な聞こえてくるギターの音。
私がキーボードを弾いて、
堂本くんとセッションしようか、とも思った。
さらに、この話(深夜、お隣さんのギター練習が止まらない)を楽器ができる人に相談して
ドラム、ベースをできる人も私の部屋に呼んで、
堂本くんのギターと、一方的にバンド組んでしまったらどうだろうか?という話もしてた。
>怖すぎるだろ
***
しかし、堂本バンド(勝手に名付ける)が結成される前に、
堂本くんは、本物のバンドメンバーをマンションに呼ぶようになり、
深夜まで大声で騒ぐようになった。
やかましいなぁと思いながら、
「堂本くん、お友だちができたんだね。よかったね。」
という気持ちになった。
>恐怖の親心
でも、だいぶやかましかった。
***
堂本くんは金髪になり、
ベランダからはタバコのにおいがするようになった。
「堂本くん、すっかり変わっちゃったなぁ」
と思っていた頃、季節は冬になっていた。
***
その日は、節分の翌日だった。
朝、私が玄関の扉を開けると、
堂本くんの部屋の玄関の前に、
大量の豆が落ちていた。
「堂本くん・・・
豆・・・まいたんだ」
私は、堂本くんが、節分という1年で1番盛り上がるイベント(※諸説あり)に参加していたことに、衝撃を受けた。
堂本くんは、すっかり悪い子になってしまったのかと思ってた。
でも、豆まくってことは、鬼を外にやろうとしてたわけで。
っていうことは、鬼怖がってるってわけで。
堂本くんが豆まきをしたことを知って、
私は、「お母さん!!おたくの息子さん!とてもいい子ですよ!!!」
そう言いたい気分だった。
>やめて
***
その後、桜が咲く前に堂本くんは引っ越してしまった。
大学を辞めてしまったのかもしれない。
でも、豆まきする人に悪い人はいないって昔から言うし、
>・・?
堂本くん、今頃どこかで頑張ってるんだろうな。
節分が近づくたびに、この、元お隣さんのことを思い出す。
そして、何より、
勝手にバンド組もうとしたり、
玄関前に大量の豆落ちてるの見て、豆まきしたんだ、と感動したり、
お隣に自分みたいな人が住んでたら絶対にやだ、と思うのだ。