もっと早く書けるかと思っていたのに、
なかなか毎日書けませんね~![]()
私の脳梗塞のお話です。
前回のブログはこちらから
今回は、私が脳梗塞になり、
実際にどのような病院で治療を受けていたのか
について書いていきます。
私の脳梗塞は、
本当に軽めらしく、
(これは、昨日心臓のエコーを受けたのですが、
その技師が、『脳梗塞になったんですよね?
本当に軽い脳梗塞みたいですね。
これはラッキーでしたね』
と、言われたからっていうのもあります)
私が脳梗塞になった時、
義妹がエライ心配して、
彼女の伝手を使って、
色んなことを教えてくれたのでした。![]()
こちらでは、脳梗塞になって、
救急病院にいっても、
本人が希望しなければ、
検査が終わって、すぐに退院
ということもあるそうです![]()
退院すると、色々なセラピストを
自分で探して、行くことになるのですが、
スピーチセラピストに関しては、
義妹が言うには、『2年待ち』
と言われていたそうです。![]()
実は『2年待ち』が本当かどうかが謎だったので、
入院中にお世話になった
スピーチセラピストの方に伺うと、
今は改良されて、
6か月~1年待ちとのことでした。![]()
(でもこれも自分が住んでる町の人口
によって違うらしいです)
それを避けるためには、
まず病院に、
『私はリハビリ病院に移って、
しっかり治療したい』
と、申し出ないといけないようでした。
そうすると、
救急病院からリハビリ病院に移されて、
そこに入院して治療が始まります。
でも、多くのお年寄りの患者さん達は、
自分の体調がよほど悪くない限り
(例えば、自分の伴侶や家族に迷惑がかかる、
あるいは一人暮らしなどの重病等)
リハビリ病棟には行きたがらないそうです。![]()
私の場合は、
義妹に言われていたので、
『リハビリ病院で治療したい!』
と申し出ていたのです。
だから、5日間救急病院にいて、
(そのうち2日半は、本当に救急病棟にいて、
そのあとの3日間は脳梗塞の病棟に移りました)
その後、救急病院の救急車で、
救急病院のすぐそばにある
リハビリ病院まで移されたのでした。
スピーチに関しては、
救急病棟で、一度テストを受けたんです。![]()
テストを受けたというだけで、
内容も覚えていないので、
多分その時の脳梗塞が
一番酷い状態だったのだと思います。![]()
で、おそらくですが、
その時のテストの解答がイマイチだったので、
私はリハビリ病棟に行けることになった
のだと思いわれます。![]()
(あくまでもそういう感じということですが)
ただ、このリハビリ病院は、
入院数が非常に多いため、
なかなか入るのが大変で、
私の場合は、リハビリ病棟に入っていた人が
肺炎にかかり、救急病院に入院になるから
一部屋空いた!というタイミングで
入ることが出来ました!
だから非常にラッキーだったのです。
私が救急病院の
脳梗塞の病棟にいた頃は、
本当に何も検査することがなくて、
(私が軽度の脳梗塞だからか?)
看護師が毎日血圧などの検査に来るときと、
一度脳梗塞用の病棟に入ってから、
脳梗塞の医者のチェックを受けた以外は、
ただひたすら、リハビリ病院に
入れる日が来ることを待っていたのでした。![]()
因みにこの脳梗塞の病棟は2人一部屋で、
私の他にもう一人女性の方がいました。
この人も、それほど悪くは見えない患者さんでしたが、
なにやら、家族のことで一悶着あったらしく、
それについて良く泣いていらっしゃいました。
最初の1日半ぐらいは、
あまり話さなかったのですが、
その後、彼女が私のことを助けてくれたり、
私が覚えていることを話したりするうちに、
仲良くなりました。
救急病棟で入院していた時は、
心臓の検査、甲状腺の検査等や
スピーチセラピストからテストを受けたり
していました。
そして、いよいよリハビリ病院へ![]()
リハビリ病院は、
本当に救急病院の近くにあるのですが、
(これは私が住んでいる町だけかもしれませんが)
先ほども書きましたが、救急車で運ばれました。![]()
救急車の中で、
救急隊員の人と話しながら行ったのですが、
『本当に脳梗塞?』
って、最後に聞かれるぐらい、
私の身体には、全く症状がなかったし、
今も記憶にあるぐらいなので、
記憶も戻ってきていたのかもしれません。
リハビリ病棟では、
最初の一日は、一人部屋でした![]()
結構キレイで、
庭に咲いているお花も見えて、
テレビもシャワーもあって、
『え~! これはスゴイな~
』
でも、一人部屋だと、寒々しいわ~![]()
と、思ったのでした。
そして翌日に、
『こっちに移ってくださ~い』
と、言われ、
移ったところ、
そこは、二人部屋でした。![]()
もう一人、初老のおばあさんがいらっしゃって、
その方は、膝が悪いらしく、
手術をされたそうなのですが、
その手術が上手くいかず、
もう一度手術をするということでした。
私とおばあさんが一緒にいる期間は3日間だけでした。
でも、そのおばあさんとは、色々お話をして、
とても楽しい時間を過ごすことができました。
そして、おばあさんがいなくなって、
その日の午後に新しいおじいさんがやってきました。
おじいさんは、ほとんど私と話さなかったのですが、
驚いたことは、おじいさんが寝るとき、
なんと、ベッドのマットレスを
地べたに置き、そしてその上に寝るというもので、
これは、おそらく、おじいさんが動いて
ベッドから落ちることを防ぐ意図があったのかなと思います。
ただ、おじいさんの寝る位置が、
部屋を分けるカーテンのすぐ隣で、
時々、私の方にも足がボンとカーテンを
越えて入ってくるということがありました。![]()
でも、翌日おじいさんの家族がいらっしゃった時に、
おじいさんの奥様が、私に対して、
『本当に申し訳ありません』![]()
と、頭を下げられたので、
私は、『大丈夫ですよ! 特に問題はありません』
と、応えたのです。
まぁ、足がポンと入ってきたりしたときは、
私もビックリしましたが、
特に被害があるというわけではなかったので、
私自身は平気でした。![]()
ただ、こちらの病院で入院する場合、
男性と女性は必ず別々ということは無いんだなぁ~![]()
と、実感いたしました。
そして、おじいさんは、
家族が会いにいらっしゃったその日に
一人部屋に移っていかれました。
またまた一人になった私ですが、
おじいさんがいなくなったその日の午後に、
もう私よりもずっと細い、車いすに座ったちょっと年いった人が
私の部屋にやってきました![]()
一瞬、『この人は男性? 女性?』と思うぐらい、
分かりにくかったのですが、
声を聞いて、
『アッ! 男性だった‼ 細い!』
と思ったのでした~
こちらの男性とは、
1週間以上一緒にいました。
とても仲良くなって、
部屋を変わるときには、
電話番号の交換までしましたが、
退院してしまうと、
なかなか連絡しないものですね~![]()
もちろん、向こうの男性からも連絡ありません。
そして、私たちの隣の部屋で問題が起きたそうです。
女性が新しく入ってきたそうなのですが、
元々いた男性と折り合いが合わず、
その時に、男性は男性。
女性は女性で分けた方が良いのでは
と病院側が決めたようで、
そのお願いを、私と同室の男性にしたのです。
男性は、『部屋を変わるのは嫌です』と断りました。
それを聞いていた私が、
『じゃ、私はあまり荷物もないし、
身体も問題ないので変わりましょうか?』
と、聞いてみました。
そしたら、病院側は大喜びで、
私の部屋を変更することになったのでした。
私は、隣の部屋に移り、
女性に挨拶をしようとして、顔を見たら、
一番最初に同室になった初老のおばあさんでした!![]()
『あ~ 戻ってきたのね~』
と、楽しく話をして、
また、彼女と同じ部屋で、
私は退院まで過ごすことになったのでした。![]()
私は、この頃には、
昼前後から夜の7時半までは
自分の家で過ごしていたので、
彼女も一人部屋みたいで、
かなり楽に過ごせたと思います。
反対に、私と部屋の変わった男性は、
新しい男性と、中々折り合いがつかず、
かなり大変な日々だったそうです。![]()
こちらのリハビリ病棟ですが、
うちの町には一つしかなく、
プライベートの保険を持っていようと、
持っていなかろうと、変化はほとんどないのです。
ただ、私と同質だったおじいさんのように
かなり身体に問題のある人で、
プライベート保険の人は
一人部屋に移れるようでした。
こういった経験も
実際、自分がこういうところに
入らないと分からないので、
まだ意識がしっかりしているうちに
こういう感じのところか~
というのが分かって良かったな~と思うのでした。![]()
私がみた感じでは、
女性の入院患者は、ほとんど70歳以上で、
認知症を患っていらっしゃる方が多く、
身体的にも動きにくそうな感じだったのでした。
反対に男性の方は、
色んなバラエティに富んだ感じでした。
認知症を患っている方はもちろんですが、
40代、50代、あるいは30代で
足が急に動かなかなくなったり、
職務中に身体を怪我した人もいらっしゃいました。
リハビリ病棟なので、
ある程度リハビリが出来る患者の人は
朝ごはんをみんなで食べるのですが、
その時に私がお話をしたのは、
やっぱりお話ができる男性の方が多かったです。![]()

