亡き祖父のおもい。 | 瀬川ももえ

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おはようございます。

今日も朝から母が朝食を作ってくれてた。

パンとサラダとカフェオレ。
食パンにレタスとハムとチーズをトッピングして♡

幸せ。

いっそ実家ごとこっちに引っ越してこないかなぁ~なんて考えてしまう。。

母の料理が毎日食べられていたあの頃には当たり前だと思っていた事だって、久しぶりに食べると幸せを感じる。


まぁ、だから一旦ガラッと自分の生活を変えてみることって一度は人生には必要かも。

ガラッと変えないにしても、違う世界をみてみること。



それは喜びの多い人生にするため。
感謝出来る人生にするため。



8月15日

今日は終戦記念日。
戦後69年たった日本。

戦争や戦災で亡くなられた全ての方々、またそのご家族の皆様のご冥福を心からお祈り申し上げます。


いつかのブログでもお話したと思いますが、私の母方の祖父は戦闘機乗りでした。
いわゆる神風特攻隊と言われるものです。

特攻する前に終戦を迎えたため命を落とすことはありませんでしたが、東南アジアや台湾の方までは戦闘に行っていたそうです。


祖父がよくその時の話をしてくれました。

本当は今この世にいなかったのは自分だったと。。


戦闘に出る日の朝、祖父が髭を剃っていたところに戦友が来てこう言ったのだそう。

「飛行時間を稼ぐ為に今日は飛行を代わってくれないか?」と。


飛行時間やどれだけ戦闘に行っているかによって階級にも響くので、祖父もそれを承諾した。

その戦友の方は、彼女にもらったというマフラーを巻いて嬉しそうに飛び立った。


その後すぐに空襲警報が鳴り、祖父は防空壕へ避難。
空襲が落ち着いて防空壕から出てきた時には、祖父が乗るはずだった戦闘機がB29の襲撃によって大破していた。


もし代わっていなかったら。。

その戦友が死んでしまう事はなかったかもしれない。


生き延びた自分を責めた事も何度もあったと。。


でも、どう言ったらいいのか言葉がうまく見当たらないけど、その方が祖父を生かしてくれたから母だって私だって今この世界に生まれてくることが出来た。


その方がいなかったら、私だっていない。


私の命があるのは親だけのお陰ではなく、
親に関わってきたたくさんの人のお陰なんだ。


今はもう亡き祖父が結婚50周年の夫婦旅行に、ずっと行きたくて行けなかったその方のお墓参りに行ったそうです。

九州は福岡。


ずっとずっと心にあった想いを伝えることが出来たそうです。


戦後69年が経ち、今はそんな過去があったなんて想像もつかないくらいです。


いや、想像なんてしない方がいい。
想像するなら楽しい未来を想像した方がいい。

ただ、忘れてはいけない。
実際に体験してはいないけど、起きた事実を知っておくべきだと思う。

どれだけ辛い事なのか。


私も祖父から聞いた話は出来るだけ多くの人に話してます。


戦争は終わっても生き残った人々の心には辛い記憶が生き続けます。


この世界から争いがなくなる日は来るのだろうか。。

すぐに平和な世界なんて無理かもしれないけど、自分の周りくらいは幸せに出来る自分でありたい。


隣で笑いながらテレビを見ている母。
その姿を見て幸せを感じ、私はまだまだ頑張ろうと思える。


ありがとう。





ももえ