このたび、熊本で発生した地震により犠牲になられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、

 

被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

余震が続きご不安な時間をお過ごしかと思います。

必要な支援が必要な場所に確実に行きわたり一日でも早く日常が戻りますよう

心よりお祈り申し上げます。

 

微力ではございますが、信頼できる機関を通じ被災地への寄付という形で私に出来る支援を行って参ります。

 

 

 

おはようございます。

みなさん、ご無事でしょうか。

命があること、屋根があって空調がきいて水が出る世界が

当たり前じゃなくなる抗えない自然が起こす現象に

言葉を失います。

 

私もかつて大地震を経験しています。

余震も大雪も大雨も強風も大波もなにもかもが「日常」を一瞬で消し去りました。

 

無念な知らせも

ぶつけどころの無い怒りや悲しみもありました。

 

今でも復興が進まず、皆さんの記憶から遠ざかってしまう孤立感の中でも

それでも

それでも

地域の有志たちが一つ一つ向き合い、

その前はスーツを着てた方々が作業着で現場に立ち、みんなで

復興、地域再生に今もなお粘り強く諦めずに向き合う姿をみています。

 

ご自身の経営や仕事、家族、地域の皆さんとの連携、地域復興、街作りのやり直し、

行政との交渉etc

いくつものタスクを同時進行しながら止まらず今も踏ん張っていらっしゃいます。

 

国の支援や海外各国のサポートに感謝しながら、一刻も早く潤沢に行きわたることを心から願い、

自らの非力を痛感しています。祈りとか願いとか言っている場合でないのも理解しています。

 

 

一瞬で崩れたものを取り戻すには数年単位必要で、全ては取り戻せない。

形を変え、認識を変え、受け入れざるを得ないから受け入れて

納得できてなくても今日も生きていく、命があるから生きていく。

 

歩めなくても前に進めなくてもいいし、頼っても甘えても諦めてもいい。

強くならなくてもいい。

 

あなたがそこにいるだけでいい。まじで。

そこにいて「おはよう」「暑いね」「またね」「おやすみ」って

誰かと

一言かわすだけでいいんだ。

 

被災された方々も

被災されていなくても

 

家族でも通りすがりの方でも自衛隊の方でも

ひとこと交わすだけで

救われる。

 

扉を全開にしなくてもいいから

あなたの扉の5ミリくらい開けてほしい8月1日。

 

閉じこもらないで

勝手に一人にならないで

隙間をつくっておこう

 

そして

どんな時も

どこかに必ず

愛と情熱を持って踏ん張る誰かがいるってことは

知っておこう

 

もう何も起こらないで

それだけ

 

それでも

祈りと願いをこめて