昨日の続き。
創造本然の世界では、嫉妬心が生じたとしても堕落することはありえない。愛し、為に生きたいという欲望があり、この欲望を満たすことを通して、神様の愛(真の愛)を感じる。この神様の愛を感じ個性完成したならば、一時の欲望を満たして堕落することはありえない。
ここで、嫉妬心が生じたり、堕落性本性があるだけでは罪になりません。行動に移らなければ大丈夫なのです。
「否定的な感情と授受作用」というところに焦点をあてて書いていきましたが、証しを書いていきたいと思います。
悪い証しです。私は、通い始めて1年も立たない頃です。一人暮らしを東京でしていましたが、教会の活動を通して、東京にいませんでした。その時、突然、親から電話がかかってきまして、もうすぐアパートに着くと。私は気が動転して、焦りました。今日中にアパートに帰れない。しかし、親には教会のことはまだ話していない。どうしようかと・・・・・・・
その時に信仰の長い先輩食口に「もうお前は死んでいる」と言われました。漫画・北斗の拳の決めゼリフですが、北斗百裂拳を敵にかましたあと、ほんの少し間があって敵は生きていると勘違いしますが、その直ぐ後、破裂して死にます。
その先輩は私のことをすでに死んでいると。気が動転して、気が動転していることもいまいち分からずにいたから、冷静さを欠いていました。私は、この状況がヤバイという負の感情と少しの時間かもしれませんが、授受作用をし続けてしました、不安な思いが膨らんでしまいました。そこで、先輩に「もうお前は死んでいる」と言われて初めて、気が動転していることに気づきました。その後、正気を戻し、冷静に対応してなんとかうまく収まりました。
私は生涯、この出来事を忘れないと思います。教訓です。そして、この経験のおかげで、昨日抜粋した原理講論の箇所がとても心に染みました。いや~意味があった出来事なんだったなと。神様からのささやかな試練だったのかなと。ありがたいです。
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