おはようございます、ぺぺです。
いつもご覧いただきありがとうございます。
鉄道好きなら一度は憧れたであろう「ブルートレイン」。
東京と九州を結んだ寝台特急の中で、「あさかぜ」「さくら」「はやぶさ」ほど派手な存在ではなかったかもしれません。
でも、なぜか心に残る列車……
それが寝台特急 「みずほ」 でした。
今回は、そんな「みずほ」の歴史と、私自身の少しほろ苦い思い出を書いてみたいと思います。
添付写真は、寝台特急「みずほ」ラストラン仕様のヘッドマークをす、すいません合成したものと、現在走る新幹線「みずほ」です。
時代は変わっても、名前はしっかり受け継がれています。
■1961年誕生、九州ブルートレインの一員へ
寝台特急「みずほ」は、昭和36年(1961年)に東京~熊本間を結ぶ列車として登場しました。
その後、20系客車が投入され、本格的なブルートレインへ成長。
昭和50年(1975年)の山陽新幹線博多開業後は、
東京~熊本・長崎
を結ぶ列車として運転されるようになります。
鳥栖駅で熊本行きと長崎行きに分かれる姿は、当時の九州ブルートレインを象徴する光景でした。
「さくら」は長崎へ、
「はやぶさ」は熊本へ、
そして「みずほ」も同じ九州を目指す……
今考えると、東京駅から九州へ向かう夜行列車が何本も発車していた時代。
まさに鉄道黄金時代ですね。
↓こちらは熊本駅で出発を待つ「みずほ」
完全にSL狙いでちゃんと撮ってない(´;ω;`)まぁフィルム時代、そんなもんです…。
■実は撮影するには難しい列車でした(笑)
「みずほ」を撮影したかった鉄道ファンは多かったと思います。
しかし!
この列車、なかなか撮れないんですよね……。
理由はそう、
深夜走行!!
関西を通過する時間帯も夜中。
大阪駅では深夜帯に到着・発車する列車で、当時のダイヤでは「夜のブルートレイン」という存在でした。
昼間の駅で堂々と撮影できる列車ではありません。
「いつか撮ろう」
「また機会があるやろ」
そんな気持ちでいるうちに……
時代は流れてしまいました。
鉄道撮影を本格的にやっていなかった時期。
大晦日には深夜の大阪駅締め出しが無かったものの結局深夜バルブ撮影もかなわず・・・。
そして迎えた……
■1994年12月、寝台特急「みずほ」ラストラン
平成6年(1994年)。
33年間走り続けた寝台特急「みずほ」は、最後の日を迎えます。
最終運転では特別なヘッドマークが掲げられました。
それが……
『赤みずほ』
普段の姿とは違う、赤色を配したラストラン仕様のヘッドマーク。
長い歴史を締めくくる最後の晴れ姿でした。
EF66に牽引される青い客車。
そして先頭には特別な「みずほ」のマーク。
想像するだけでも胸が熱くなります。
しかし……
その時の私は撮り鉄をしていませんでした。
駅へ向かうこともなく、
カメラを持って待つこともなく……
後から知った時の寂しさ。インターネット普及してようやく(笑)
「あの時、見に行けばよかった……」
鉄道好きなら一度は経験する、あの後悔です。
ほんまに、
「なんで行かへんかったんや自分!」
って今でも思います(笑)
■消えたと思った名前が、未来へ復活!
寝台特急「みずほ」は1994年で姿を消しました。
しかし……
名前まで消えることはありませんでした。
2011年、九州新幹線鹿児島ルート全線開業。
そこで復活した名前が……
九州新幹線「みずほ」
です。
現在は新大阪~鹿児島中央間を結ぶ最速達タイプの列車として活躍。
かつては東京から九州へ夜を越えて走った寝台特急。
今は新幹線で、一気に九州へ向かう時代。
同じ「みずほ」でも姿は全く違います。
でも……
「九州へ向かう列車」
という大切な役割は、しっかり受け継がれています。
■赤いヘッドマークと新幹線「みずほ」
今回の写真は、
・寝台特急「みずほ」ラストラン仕様のヘッドマーク
・現在走る新幹線「みずほ」
という、時代を超えた2つの「みずほ」。
片方は夜の東京駅から九州へ向かったブルートレイン。
もう片方は高速で大阪と鹿児島を結ぶ新幹線。
姿は変わっても、名前には物語があります。
■最後に……
寝台特急「みずほ」。
派手なスター列車ではなかったかもしれません。
でも、夜の闇の中を走り続けた姿。
静かなホームに響くディーゼル音。
客車の明かり。
そして最後に輝いた赤いヘッドマーク。
見ることができなかったラストランだからこそ、今でも特別な存在です。
鉄道趣味を始めるタイミングって、本当に難しいですね。
「あの頃もっと撮っておけば……」
そんな後悔も、鉄道の思い出の一部なのかもしれません。
でも「みずほ」という名前は、今も走っています。
昔を知る人には懐かしく。
新しい世代には新しい列車として。
これからも九州へ向かう列車として走り続けてほしいですね。

