おはようございます、ぺぺです。
いつもご覧いただきありがとうございます。
思い出フォトを…。
懐かしい「テッピー号」です。
リニューアルによりパノラマ化された「旅路」、カッコ良かったですねぇ。
お座敷列車「旅路」
~畳を敷いた12系が走った、昭和・平成の夢の団体列車~
昭和の鉄道には、今では考えられないほど個性的な列車がたくさん存在しました。その中でも広島地区を代表するジョイフルトレインとして、多くの鉄道ファンや旅行客に愛されたのが、お座敷列車「旅路」です。
「旅路」という名前だけでも、なんだか旅館の玄関に置いてある木札みたいな温かさがあります(笑)。しかし、その中身は本格派。国鉄が生み出した“走る宴会場”とも言える存在でした。
12系客車から生まれた豪華なお座敷列車
「旅路」が登場したのは1981年(昭和56年)です。当時、広島鉄道管理局で活躍していた老朽化したお座敷客車を置き換えるため、新しいジョイフルトレインとして12系客車を改造して誕生しました。
ベースとなった12系客車は、本来は急行列車などで使用された車両です。しかし国鉄末期になると、団体旅行や社員旅行、町内会の親睦旅行など、多様な利用に応えるため、全国で個性的な改造車が登場しました。
その中でも「旅路」は広島地区の顔とも言える存在でした。
編成は6両で、全車グリーン車扱い。車両には広島県内の市町村にゆかりのある花や木から愛称が付けられました。
・まゆう
・きんもくせい
・さくら
・さるびあ
・きょうちくとう
・さつき
という、なんとも昭和らしい優しいネーミングです。今なら車両番号を前面に出しそうですが、当時は「今日は【さくらの間】に乗るで!」なんて会話が普通にあったんですね。鉄道というより、もはや移動する旅館です(笑)。
畳、宴会、カラオケ……まさに走る宴会場
車内はもちろん畳敷き。座席に座って景色を見るだけではなく、家族旅行、自治会旅行、社員旅行などで利用されました。
昔の団体旅行といえば、列車の中でお弁当を広げ、お酒を飲み、歌が始まる……そんな時代です。
そして「旅路」には後年のリニューアルで、展望スペース、カラオケ設備、テレビ、冷蔵庫なども備えられました。まさに「列車版カラオケボックス」。ただし揺れるカラオケボックスです(笑)。
今なら安全面で「車内で宴会?大丈夫?」と言われそうですが、昭和の鉄道旅行にはそんな大らかな魅力がありました。
EF58、EF61、EF65……名機たちが牽引した姿
「旅路」の魅力は車内だけではありません。
12系客車ですから全国の機関車と組み合わせて走る姿を見ることができました。EF58やEF65など、昭和を代表する機関車が牽引する姿は鉄道ファンにとって最高の被写体でした。
特に国鉄色の機関車と赤い「旅路」の組み合わせは、とても絵になるものでした。
沿線でカメラを構えるファンにとっては、
「今日は何が牽くんや?」
というワクワク感がありました。まぁだいたいがPFですけどね。
今みたいにSNSで数時間前から情報が飛び交う時代ではありません。駅で待って、来た列車を見て「おお!EF○○や!」となる。このドキドキ感こそ昭和鉄道趣味の醍醐味でした。
赤いボディへ変身、そして「TABIJI」へ
登場時は12系らしい青色車体でしたが、1988年頃には赤を基調とした塗装へ変更されました。さらに1994年には大規模なリニューアルが行われ、外観も大きく変化しました。
この時には表記も漢字の「旅路」からローマ字の「TABIJI」へ変更されています。
昭和の「旅館風」から平成の「リゾート列車」へイメージチェンジしたわけです。
2007年、最後の旅へ
しかし時代の流れには逆らえませんでした。
新しい観光列車が増える一方で、車両の老朽化も進み、2007年に「旅路」は引退しました。
現在では姿を見ることはできませんが、多くの人の記憶には今も残っています。
ぺぺ的「旅路」の魅力
わたくしぺぺも思うに、「旅路」は単なる古い客車ではありません。
鉄道が「目的地へ行く手段」だけではなく、「乗ること自体が旅行だった時代」の象徴やと思います。
今の観光列車は料理や景色を楽しむ高級路線が多いですが、「旅路」はもっと庶民的でした。
畳に座って、弁当食べて、ビール飲んで、歌って……。
気が付けば隣のおっちゃんと友達になっている。
これぞ昭和の鉄道旅です。
ちなみに現代で同じことを新幹線でやったら、たぶん車掌さんから「お客様、少し声のボリュームを……」と言われます(笑)。
でも昔の「旅路」は、列車そのものが宴会の仲間でした。
名前の通り、目的地だけではなく「旅する時間」そのものを楽しませてくれた名列車。それが、お座敷列車「旅路」だったのですね!!





