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本日はJR東海 飯田線 部分開業の日(1922年)
現在のJR東海・飯田線のルーツとなる伊那電気鉄道の上片桐駅〜伊那大島駅間が開業。
って事で。
飯田線を行くEF58の姿を南側も含めてご覧いただきたいと思います。
本日は飯田線の原点が産声を上げた日――伊那電気鉄道 上片桐〜伊那大島間開業(1922年)
鉄道ファンにとって「飯田線」と聞けば、急峻な山間部を縫うように走るローカル線、そして旧型国電の聖地として知られた路線を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
そんな現在のJR東海・飯田線につながる歴史の第一歩が刻まれたのが、1922年(大正11年)の今日です。
この日、伊那電気鉄道によって上片桐駅〜伊那大島駅間が開業しました。これが現在の飯田線の一部となる重要な区間の誕生でした。
伊那谷に鉄道を――地域の願いから生まれた伊那電気鉄道
飯田線の歴史は、国鉄が最初から建設した路線ではありません。
そのルーツは、明治から大正時代にかけて伊那谷の人々が求めた「地域を結ぶ鉄道」にあります。
現在の長野県南部にあたる伊那地方は、中央アルプスと南アルプスに挟まれた地域で、昔は交通の便が決して良い場所ではありませんでした。
そこで誕生したのが伊那電気鉄道です。
もともとは「伊那電車軌道」として開業し、伊那谷を南北につなぐ役割を担いました。その後、路線を延ばしながら地域の生活、農産物輸送、産業発展を支えていきます。
1922年 上片桐から伊那大島へ
1922年7月13日、伊那電気鉄道線は上片桐駅から伊那大島駅まで延伸開業しました。
伊那大島駅は当時、路線の終着駅として誕生します。しかし翌1923年にはさらに山吹方面へ延伸され、途中駅へと変化しました。鉄道の延伸によって町の姿も変わっていったわけです。
現在では何気なく走り抜ける飯田線の一区間ですが、ここには「伊那谷に鉄道を通したい」という先人たちの熱い思いが詰まっています。
ただのローカル線ではない飯田線の奥深さ
飯田線は後に複数の私鉄路線がつながり、1943年(昭和18年)に国有化されて国鉄飯田線となりました。そして1987年の国鉄分割民営化後、JR東海の路線として現在へ受け継がれています。
しかし飯田線の魅力は、単なる地方交通路線ではありません。
天竜川沿いを走り、急カーブや勾配を数多く抱える独特の線形。秘境駅と呼ばれる駅々。かつて活躍した旧型国電。そして現在も山深い風景の中を走る列車たち。
鉄道好きからすると「乗るだけで旅になる路線」なんですよね。
ワイも思うんですが(笑)、飯田線って時刻表を見るだけでは魅力が半分も伝わらない路線やと思います。実際に乗って、車窓を眺めて、「ようまあ昔の人はここに線路を通したなぁ」と感心する……そんな鉄道です。
100年以上続く鉄路の物語
1922年の上片桐〜伊那大島間開業から、飯田線の歴史は100年以上続いています。
現在はJR東海の一路線となっていますが、その根っこには伊那電気鉄道という小さな私鉄の挑戦がありました。
一本の線路が、人を運び、町を育て、時代を越えて受け継がれていく。
飯田線を見ると、鉄道とは単なる移動手段ではなく、その土地の歴史そのものなんやな……と感じます。
次に飯田線へ乗る機会があれば、ぜひ窓の外を流れる景色だけではなく、「ここから始まったんやな」と1922年の開業にも思いを馳せてみたいものです。
ただのローカル線と思って乗ったらアカンですよ(笑)。飯田線、実は100年以上の歴史を背負った超ベテランなんです。





