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懐かしい写真を…。
EF66 5 JR貨物更新ガマが牽引した「あさかぜ」です。
当時、『富士』、『あさかぜ』『出雲』等、カマ故障があれば代わりに貨物ガマが牽引していた訳ですが私が更新66牽引のブルトレを撮るのはこれが最初で最後となりました。
鉄道模型で表現したくなる編成ですね!
そういえば『さくらはやぶさ』も一度EF66更新機が牽引したようですね!
かなりお似合いの組み合わせでした。
ちなみにこちらが走った当日、大島の大橋には私を入れて2人しかいませんでした。
この頃、『彗星あかつき』のPF牽引やカマ故障での重連など何かと話題が多かったと思います。
って事で寝台特急「あさかぜ」含めブルートレインの話題を。
東京と九州を結んだ夢の列車「ブルートレイン」の時代
東京と九州を結ぶブルートレインは、日本の鉄道史を語るうえで欠かせない存在です。
1958年に誕生した寝台特急「あさかぜ」は、日本初の20系客車を使用した"走るホテル"として登場しました。それまでの寝台列車とは比べものにならないほど快適で、冷暖房完備、食堂車も営業し、多くの人が「いつか乗ってみたい!」と憧れた列車でした。
東京駅を夜に出発し、翌日の夕方には博多へ到着する旅は、飛行機では味わえない特別な時間やったんですねぇ。
「あさかぜ」から広がったブルートレイン黄金時代
「あさかぜ」の成功をきっかけに、「さくら」「みずほ」「はやぶさ」「富士」「出雲」など数多くのブルートレインが登場しました。特に九州方面は日本一ともいえるブルートレイン街道となり、東海道本線、山陽本線を昼夜問わず青い寝台列車が駆け抜けました。
九州へ向かう人だけでなく、仕事、帰省、修学旅行、新婚旅行など、さまざまな思い出を乗せて走っていたんです。
関西でも深夜にゴトンゴトンと通過するブルートレインを見送った人は多いでしょう。
「寝てる人おるんやろなぁ」と思いながら見ていたら、自分のほうが眠くなるという、お約束もありました(笑)。
機関車たちもスターだった
ブルートレインを語るうえで欠かせないのが機関車です。
時代によって異なりますが東京からはEF65形やEF66形が力強く牽引し、下関では交直流機のEF81形へ、さらに九州ではED76形やEF81形(九州仕様)がバトンを受け取りました。
機関車交換はまるで駅伝のようで、ホームには多くの鉄道ファンが集まりました。ヘッドマークを輝かせた機関車が客車を連れて発車する姿は、何度見ても鳥肌ものです。
青い車体にクリーム色の帯、そして機関車の力強い走り。この組み合わせは、今でも鉄道ファンの心をつかんで離しません。
時代の流れとブルートレインの終焉
しかし、新幹線の延伸や航空機の運賃低下、高速道路網の整備によって長距離寝台列車の利用者は徐々に減少していきました。
「あさかぜ」は2005年に惜しまれながら運転を終了。その後も「はやぶさ」「富士」などが姿を消し、東京と九州を結ぶブルートレインの歴史は幕を閉じました。
最後の列車を見送った多くのファンの目には涙が浮かび、「ひとつの時代が終わった」と感じた人も少なくありませんでした。
今も色あせない憧れ
現在ではブルートレインに乗ることはできませんが、保存車両やイベント展示、写真集や模型などで、その魅力は今も受け継がれています。
特に「あさかぜ」は、日本の寝台特急文化を築いた名列車として今なお特別な存在です。夜の東京駅を静かに出発し、翌日には九州へたどり着く旅は、まさに時間そのものを楽しむ贅沢でした。
便利さだけなら今の新幹線や飛行機には敵いません。でも、目的地へ急ぐのではなく、旅そのものを楽しむ――そんな贅沢を教えてくれたのがブルートレインでした。
もし今、「あさかぜ」が復活したら予約開始と同時にサーバーが悲鳴を上げるかもしれませんね(笑)。それだけ多くの人の心の中で、東京と九州を結んだ青い列車は、今も終着駅に着くことなく走り続けているのでしょう。

